インタビューさせていただいたのは、中国広州在住の隈本祐子さん。
第1章では、駐在に行くかもしれないというパートナーの一言から実際に中国駐在が決まるまでの7年間の思いや、実際に中国に渡航してからの生活立ち上げや焦る思いについてお聞きしました。
第1章はこちらから
第1章 海外生活への強い思いと”中国”への戸惑い
運命の出会い
珠江公園の“30分”がすべてを変えた
「まずは中国語の先生に、太極拳を習えるところを知らないかと相談したら、日本語が少しできる人がいる教室の連絡先をつないでくれた。ちょうど子どもが翌日から学校だから、
”とりあえず見学してみよう”と思っていた。」
当時を振り返って隈本さんは語る。
しかしその日、ふと立ち寄った近所の公園が隈本さんの人生を変える。
隈本さんは そこで太極拳をしているグループを見つけた。
「30分間、ずっと目が離せなかった。
動きはまるで仙人のように静かで、流れるようで、瞑想のようだった。
年齢の高い方々がずっと同じ動きを覚えている姿が、とてつもなく美しく見えた。」
求めていたものと出会った瞬間の心がひかれた様子を隈本さんは語る。
「これだ。」
気づけば、その場で太極拳の先生らしき人にスマホの翻訳アプリを使って話しかけていたという。
「これは太極拳ですか?
あなたは先生ですか?
私もやれますか?」
隈本さんの質問に、先生はニコニコしながら
「いいよ、いいよ!」 と言い、すぐにWechatを交換してくれた。
“外国人は初めて”
そんな環境での丁寧なメッセージの数々
「外国人が来るのが初めてだったみたい。
でも、すごく歓迎してくれた。」
隈本さんは笑顔で当時の様子を振り返る。
中国語ができないことを気にする隈本さんに対して先生は随時優しく接してくれたという。
「今回のインタビューをきっかけに過去のやり取りを振り返ったら、すごい丁寧にメッセージしてくれていたことを思い出した」
太極拳を始めたばかりの頃のやり取りを見返すと、先生からのメッセージで溢れていたという。
- 集合時間
- お金のこと
- グループの仕組み
- 休憩のタイミング
- 心配してくれる言葉(疲れてない?大丈夫?)
「すごく丁寧に、小さなことも気にかけてくれてたんだって気づくことができた」
先生のことを話すときの隈本さんは表情がやわらかくなる。
“言葉が通じない”現実と、仲間になるために選んだ方法
太極拳のグループは約30人。
先生はWelcomeな雰囲気だったが、他の人たちも最初は、興味津々で話しかけてくるものの会話が成立しなかったという。
「話しかけてくれる、でも伝わらない、コミュニケーションがとれないとそのうちに面倒くさくなって離れていく。そんな空気も感じていた」
当時の様子を隈本さんは振り返る。
ときには、自分の方を向きながら何かを言われていると、
「悪いことを言われているのかも…」
と不安になることさえあったという。
だが、隈本さんはその状況に不満を感じるのでもなく、あきらめるのでもない。
「ここで仲間になるには中国語じゃなくて“太極拳の上達”だと思った」
隈本さんの言葉から強い思いが伝わる。
「太極拳は動きで会話ができる世界。 だからこそ、毎日必ず通う、先生の動きを動画で撮る、家で復習して翌日にはできるようにする、これをしっかりやるようにしていた」
言葉ができないことを理由にやめることだってできるはずだが、そんな選択肢は隈本さんの中にはなかった。
努力の甲斐があって、周りのメンバーにも変化が生まれ始める。少しずつメンバーとの関係性がかわっていった。
「”2年前はほんとにできなかったのにね”と今は笑い合えるようになった」
笑顔で語る隈本さんからは、努力を重ねて乗り越えた芯の強さが伝わってくる。

*太極拳のメンバーと一緒に
日中関係の緊張の中で。
“私がいて大丈夫?”と揺れる気持ち
太極拳に入ったのは、2023年の8月ころ。ちょうど日本の 処理水問題が中国で話題になっていた時期だった。
「日本への否定的な報道、領事館からの注意喚起メール、家族からの心配の連絡…。
グループチャットにも、中国側の日本批判動画が流れてきた」
当時の状況を振りかえりながら隈本さんは語る。
「人生で初めて、自分が”日本人だから”という理由で居心地の悪さを感じた瞬間だった。私がいることで、みんなが嫌な思いをしていないかな… ここに来てもいいのかな…」
悩んだ隈本さんは、先生に正直に連絡した。
「国と国の関係は揺れている。ここで出会った人たちを傷つけたくなかった。」
当時の悩んでいた思いを隈本さんがゆっくりと語る。
「今の状況で、私がいることで誰か嫌な気持ちになっていませんか? 私はここにいてもいいですか?」
不安な気持ちを正直に先生にメッセージしたと隈本さんは当時を振り返る。
センシティブな話題も正直に相談することができたのは、先生との信頼関係ができていたからだろう。
「国と国はいろんな問題があるけど、個人と個人には関係ない。
日本人だからじゃなくて、あなたを迎え入れている。
何か言われたら私に言いなさい。私が守るから。」
先生からのまっすぐな言葉に、隈本さんは心から安心したという。
「周りが何か言っても、この先生についていこうと思った」
口調からも当時の強い決意が伝わってくる。

*先生と隈本さん
「夫からは”現地のコミュニティに入らなくてもいいのでは?”という心配の声もあった。” 高齢の方の中には反日感情のある人もいるかもしれないと” と夫も気遣ってくれていた」
パートナーが心配していた当時の様子を隈本さんは振り返る。
それでも、彼女が選んだのは「離れないこと」。
「ここで離れたら、こんな出会いはもうないと思った。
先生が、言葉がわからない私にその場で丁寧に動画を送ってくれて支えてくれて…。その気持ちに応えたいと思った。」こうして隈本さんは、太極拳を通して築かれるこの場所に、自分の居場所を見出していく。
最終章では、太極拳のグループで居場所を作っていった隈本さんと、ご家族や周りの変化、そして隈本さん自身の心の変化についてお話しいただきました。
次回の投稿もお楽しみにお待ちください。
