行動が人生を変える‐太極拳を通して学んだ人生の切り開き方

インタビューさせていただいたのは、中国広州在住の隈本祐子さん。
第1章では、駐在に行くかもしれないというパートナーの一言から実際に中国駐在が決まるまでの7年間の思いや、実際に中国に渡航してからの生活立ち上げや焦る思いについてお聞きしました。

第2章では、現地の太極拳のコミュニティに参加した経験について、嬉しかったこと、難しかったこと、努力したことについてお聞きしました。

第1章と第2章はこちらから
第1章 海外生活への強い思いと”中国”への戸惑い
第2章 地元の太極拳グループに飛び込み参加。先生についていく決意。

最終章では、太極拳を通しての隈本さんの心の変化、太極拳への思いについてお聞きしました。



週5〜7日。太極拳中心の生活へ

太極拳は彼女にとって“生活の中心”になった。

週5〜6日、多いときは週7日。
毎日のように練習するうちに、太極拳に向き合う姿勢が変わり、家族の見え方も変わっていった。

子どもたちの視点の変化

日本では仕事をしていた母親が、中国への引っ越しを機に突然「仕事をしない生活」になる。最初、子どもたちは戸惑ったと隈本さんは言う。

「ママ、これから何するの?」
「ママが仕事しなかったらご飯食べられないよ!」

子どもたちにとって“いつも働く人”だった隈本さん。
しかし毎日家で練習する姿を見せるうちに、子どもたちも変わったという。

「”ママは太極拳の人だよね”って。気付いたら、子供たちが自然に受け入れるようになっていた」と隈本さんは笑う。

*お子さんが太極拳を見学に来た日

旦那さんの反応

当初は現地のコミュニティに入ることを心配していた旦那さんも、「一番中国に溶け込んでるのはママだよね。」といつの間にか受け入れるようになっていたという。

「太極拳のイベントに積極的に参加し、平日に開催されたものには子どもを学校を休ませてまで連れていった。いい経験だと思ったから。」

と、当時を思い出して隈本さんは語る。
「”ママすごいじゃん”という表情を見せて夫も笑っていた。」

隈本さんが優しい顔で言った。

「がむしゃらにやってきた結果なのかな。」

教える側へ―Expat Circleでの依頼

太極拳を学びはじめて少したった頃、学ぶだけではなく、「教える」立場になる機会が隈本さんに訪れた。

「海外生活者向けのサークル “Expat Circle” で、ヨガや中国茶など自分の得意なことを教える活動をしている人たちがいて、そこから太極拳講師の依頼がきたけど、最初は不安の方が大きかった」

大好きな太極拳を教えるという突然の機会。

当初の不安な気持ちを隈本さんは語る。

「太極拳って、1回で伝えられるものじゃないし、
人に教えるってイメージが湧かなかった。」

隈本さんの表情からも簡単な決断ではなかったことがわかる。

「それでも断らずに挑戦してみたけど、やっぱり1回では伝えきれなかった。続けて教えたいとまでは思わなかったけど、これが”自分はもっと極めたい”と感じるきっかけになった」

学ぶ立場から教える立場になってみたことで、太極拳への思いが強まったと隈本さんは語る。

PTA経由で広がった“文化体験”としての太極拳指導

太極拳への思いが強まったタイミングで、さらに予想外の依頼が隈本さんのもとに舞い込んできた。

学校のPTAで知り合った先生が、彼女が太極拳をしていることを知り、声をかけてきたという。

「総合の授業で日中の懸け橋になる内容をやりたい。
外部講師はハードルが高いけど、保護者でできる方がいるのなら…。
太極拳を教えてもらえませんか?」

突然の依頼、しかも相手は日本人学校に通う子供たち、もちろん隈本さん自身の子どもたちも

「すごく嬉しかったけど、不安も大きかった。」

当時の気持ちを隈本さんは振り返る。

「子どもに教えるイメージが持てなくて。
太極拳を教えた経験、ほとんどないし。」

迷っていたタイミングで、以前一度だけ開催した太極拳講座を、「全8回の講座」としてやってみることを決めたと隈本さんは当時の様子を語る。

参加者5名、24式太極拳。
日にちを固定し、本当にやる気のある人に限定して募集した。
申し込み1時間以内に予約満席に。
隈本さんの新たな挑戦、”太極拳講座”がスタートした。


言語化の難しさ、参加者の熱意

「最初は、自分の動きを言葉にすることがとても難しかった。」

隈本さんは静かに語る。

「“こんな感じで”といっても伝わらない。
右手の動きひとつ説明するのも難しい。」

教えることの難しさを隈本さんは振り返る。

「参加してくれた5人はすごく熱心で。毎回動画を撮ったり、家で練習してきてくれた。」
熱意をもって学んでくれたことが嬉しかったと、隈本さんは優しい笑顔で語る。

彼女がどれほど太極拳を大切にしてきたか知っている人たちだったからこそ、参加している方も理解と熱意が強かったようだ。

少しずつ変化があったことを隈本さんが教えてくれた。
「靴が太極拳の靴に変わって、服装も少しずつ太極拳仕様になってきた。みんなが楽しむ姿が嬉しかった」

嬉しそうな表情から当時の気持ちが伝わってくる。

最後には全員で動画を撮影し、8回の講座は大成功で終わった。

「こんなふうに広がっていくことに驚きと感動があった。」

嬉しかった気持ちを隈本さんが語る。

「太極拳の仲間にも報告したら、”すごい、よくやってるね!”と温かい言葉をかけてくれて。公園の真ん中に受講生5人を連れていった時も、みんなが温かく迎えてくれた。」

隈本さんの表情から当時の感動が伝わってくる。


帰国の知らせと、こみ上げた涙

太極拳の講座も成功し、楽しい日々を過ごしていた隈本さんに転機が訪れる。
日本への帰国が早まることが突然決まったのだ。

「最初に話を聞いたときは、1日泣いた。
本当はあと1年あると思っていたから。」
当時の悲しかった気持ちを隈本さんが語る。

「やり残したことがあったからじゃなく、お別れの寂しさがつらかった。太極拳の仲間たちとの時間が、予定より短くなってしまうことが辛かった。

子どもたちも今の生活に馴染んでいて、来年の運動会の話をするほど未来を思い描いていた。」

当たり前に訪れるとおもっていた未来が変わってしまうことがとてつもない悲しさにつながったと、隈本さんは話す。

しかし、日本の家族に帰国の予定について話したことで、ひとつの気づきが生まれる。

「日本に帰りたくないって思えるくらい、そっちの生活が楽しいってすごいよね。
それだけ良い時間を過ごせたんだね。」

家族にそう言われたことで、これまでの日々が幸せだったことを改めて感じた隈本さん。

「本当に、濃くて深くて、感謝しかない時間だった。」
かみしめながら話す彼女の言葉から、その思いが伝わってくる。


自分の成長を感じた瞬間 “昔の私みたい”


「帰国までの日々を過ごす中、新しく日本人の方が太極拳に入ってきた。スマホで翻訳を見せながらコミュニケーションをとる姿を見たときに、”昔の私みたいだね”、って先生と笑い合った。
中国語も太極拳も、私も成長したんだなって思った。」

試験や大会にも挑戦したいとずっと伝えていたことを、先生たちも理解し、準備してくれていた。

「だから、帰国を伝えるのが本当に辛かった。」

つらい気持ちをかみしめながら語ってくれた。


日本に帰ったらどうする?答えはまだない

日本で太極拳を続けたい気持ちはある。
でもそれは“自分のため”だけではない。

「今の太極拳の人たちに“帰国しても頑張ってるよ”って報告したいから。」

*中国の太極拳の仲間との一枚

ただ、日本で新しいコミュニティに飛び込むイメージはまだ湧いていないと隈本さんは語る。

「中国の環境に執着しちゃうと思う。
だから日本で既に出来上がっているところに入る感じではないかもしれない」
大切な場所だったからこそ、日本での生活のイメージがわかないと隈本さんは教えてくれた。

「家で続けるのでもいい。関わり方は、まだ見つかっていない。人生の中で“ひらめく瞬間”がある。太極拳との出会いもそうだったし、資格を取りたいと思ったのも“降りてくる”感じだった。」


これから駐在同行する人に伝えたいこと

隈本さんに、今後、駐在に同行する予定のある方に向けてのメッセージをきいてみた。

① 日本人がいない場所に飛び込むと、別の景色が見える

「“日本人の誰かと一緒に”じゃなく、日本人がいない所に飛び込むと、本当に別の世界が見える。」
勇気のいることではあるけれど、一人で飛び込んだ隈本さんが言うからこそ説得力がある。

② 話せなくても入っていい。むしろゼロから始まることに価値がある

「”話せないから現地の輪に入れない”、じゃなくて、話せない状態をみんなに知ってもらえるから、昨日より話せる自分を見てもらえる。理解できないからこその“無になる”時間があって、それが意外と楽。」
ひとことも言葉がわからない中、翻訳アプリで会話をはじめた隈本さん。言葉がわからなくても心が通じることを経験しているからこそ、それをもっとたくさんの人に感じてほしいという思いが伝わってくる。

③ 現地コミュニティを一つ持つこと

「日本人コミュニティはどうしても狭い。
でも現地のコミュニティは、違う人生を生きている人がたくさんいる。」

忘れられない思い出として、入って3ヶ月で行ったバスツアーの話をしてくれた。

「私は何もわからなかったし積極的に動けなかったけど、中国のおばちゃんたちは本当に強くて、世話を焼いてくれて、お菓子を配ってくれて、すごく楽しかった。
日本でも中国でも、おばちゃんパワーは変わらないんだなって思った。」


まとめ — 彼女が太極拳から受け取ったもの

中国での時間は、ただの“駐在同行生活”ではなかった。

不安から始まり、言葉の壁を越え、仲間ができ、信頼できる恩師と出会い、家族の応援を受け、教える立場になり、帰国を前に涙するほどの絆ができた。

「来たときには、こんな未来は想像してなかった。」

彼女がそう語る通り、この2年で起きたことは、どれも予想していなかった“出会い”だった。

これを読んでくださっている読者のあなたがもし、
異国の地での生活に不安を感じていたり、
新しい挑戦に一歩踏み出せずにいたりするなら隈本さんの言葉を思い出してほしい。

「話せなくてもいい。わからなくてもいい。
飛び込めば、昨日の自分より強い自分に出会える。」

隈本さんが太極拳で見つけたのは、技でもスキルでもなく、
“どんな場所でも人はつながれる”という揺るぎない実感だった。

その時間は日本に帰っても消えることはない。
帰国して1か月。
隈本さんは太極拳について記録するインスタグラムのアカウントを開設。
日本でもできることをやってみる彼女の姿勢は変わらない。
彼女の太極拳の旅は、続いていく。

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By Akiko

Youtuber/二児の母/会社員/一般社団法人キャリアコネクト理事 会社員として働く傍ら、YouTubeやブログでの発信、キャリア支援、異文化交流の場づくりに取り組んでいます。 アメリカ・中国での駐在同行を経験。中国滞在中は語学交流会やキャリア講座の主催、趣味のコミュニティ運営など、現地生活を楽しみながら人とつながる活動を積極的に展開しました。 これまでにカナダ・アメリカのホテル業界で5年勤務後、日米の人材紹介会社でリクルーティングコンサルタントとして9年間従事。現在は人材紹介会社で社内研修の企画・運営を担当しています。 自らも子育てや駐在同行を通じて「キャリアブレイク」という人生の転機に向き合った経験から、同じように悩む方々に寄り添いたいとの思いで活動中。「一般社団法人キャリアコネクト」理事として、駐在員パートナーのキャリア支援にも力を入れています。 YouTubeでは、駐在同行生活を前向きに楽しむヒントや、自身の経験、世界中の素敵な方へのインタビューをお届けしています

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