何歳でも英語で人生を変えられる:英語コーチきなこさん

Hi there! Welcome to my blog. こんにちは、Sachikoです。 英語を「話せるスキル」で終わらせず、いかにしてキャリアへとつなげていくのか。このブログでは、英語を軸にキャリアを切り拓いてきたSachikoが、第一線で活躍する“英語の達人”たちに、そのリアルな秘訣を伺っています。 今回のゲストは、Xフォロワー5.9万人を誇る英語コーチ、「きなこ」さんこと伊藤さなえさん。 きなこさんは、名古屋大学の後輩で私と同じく公務員経験をお持ちです。様々な経験を経て、現在は起業を果たされ、学研より『ひとめでわかる!英語ビジュアルマップ』を上梓されるなど、英語学習の分野で注目を集める存在です。 しかし、現在に至るまでの道のりは、決して華やかな成功物語ではありませんでした。思うように進まない現実の中で、数々の選択と葛藤を重ねながら、「自分は何者で、何をやりたいのか」を問い続けてきました。 迷いや挫折を経験したからこそ見えてきた、“今の自分”へとたどり着くまでの道のりとは。 素直さと人とのご縁を何より大切にしながら、一歩一歩前へと進んできたきなこさん。その軌跡と胸の内を、じっくりと伺いました。 学生時代から芽生えていた、言語学への興味 ――英語学習はいつ頃から始められたのでしょうか? 近所に英会話スクールがあって、子どもの頃から通っていました。当時は英語の名前をつけられるのが少し恥ずかしくて、「Susie」と呼ばれることに違和感を覚えていましたね。「私はSusieじゃないのに」って(笑)。それでも、自然と英語に触れられる環境が身近にあったのは大きかったと思います。 ――名古屋大学では言語学を専攻されていますが、学生の頃から英語は得意だったのですか? 実は、英語でのコミュニケーション自体はあまり得意ではありませんでした。ただ、中学・高校の頃に文法や構文を読み解くことが本当に面白くて。難しい文章を一つひとつ分析して理解していくプロセスに、気づけば夢中になっていました。その延長線上に、言語学という専攻があったんです。 その後、日本大学の通信制課程で教員免許を取得し、日本語教師の資格も取りました。日本語教師養成の過程で初めて第二言語習得理論を体系的に学んだのですが、これは今の英語指導にダイレクトに生きています。言語学で学んだ知識も、たとえば時制(出来事の時間的な位置)とアスペクト(出来事の状態・進み方)の違いなど、学習者がつまずきやすいポイントを見極めるうえで大きな助けになっていますね。 公務員という「安定」から、一歩踏み出す決断 ――大学卒業後は国家公務員になられたそうですね。 はい。大学に通いながら、予備校で公務員試験の勉強をしていました。当時はまだ国立大学職員が国家公務員だったんです。今は独立行政法人に変わっていますけど。名古屋大学に就職して、いわゆる安定した道を歩み始めました。 ――そこから、その安定を手放す決断をされたのですよね。 そうなんです。最初の配属先で、英語を使う機会が多かったのですが、それがすごく楽しくて。コミュニケーションの面白さに初めて気づきました。そこから英会話教室にも通い始めて、「英語を突き詰めて仕事にできたら楽しそうだな」と思うようになったんです。 ただ、公務員だと3〜4年ごとに異動があるため、せっかく磨いた英語力を、次の配属先で生かせるかどうかは分からない。「もっと英語を深く学びたい」「これを仕事にしたい」という思いが、だんだん強くなり留学したいという気持ちにつながりました。 ――カナダ留学を決意したとき、怖さはありませんでしたか? 正直、ものすごく怖かったです。名古屋大学を出て国家公務員になって、周囲からはうらやましがられるようなレールに乗っている状態から脱線するのは勇気がいりました。また、実家が裕福ではなかったので、現実的な不安も大きかったですね。ただ、今だから言えるのは、「決断してよかった」ということです。もちろん、その後は苦労の連続で、途中で自分の決断を呪ったことも何度もありました(笑)。それでも、その経験があったからこそ、今の自分がある。そのすべてが、いまの原動力になっているんじゃないかなと思います。 カナダ留学で得たもの ――カナダ留学で得たものは何ですか? 一番大きかったのは、価値観が大きく変わったことですね。私はこれまで、何かしらの「型」や組織に属して生きるのが得意なタイプだったんです。でもカナダでは、どこにも所属していなくても、きちんと自分を評価してくれて、自然に仲良くなれる人たちがいると知りました。 学歴や職歴、年齢といった肩書きで判断されることがほとんどなくて、「その人自身」を見てくれる。だからこそ、何歳になってもチャレンジしていいんだ、という感覚を持てるようになりました。 帰国直後に待っていた、試練の時間 ――帰国後の就職活動は順調でしたか? それが、帰国したのがちょうどリーマン・ショックの時期だったんです。本当に最悪のタイミングでしたね。TOEICは985点まで伸びていましたし、英語も話せるようになっていたので、「就職は何とかなるだろう」と思っていたのですが、そもそも求人がほとんどなくて。 公務員の経歴は民間ではあまり評価されないと分かっていたので、派遣から始めようと考えていました。でも、それもなかなかうまくいかず、ようやく決まった外資系企業のお仕事もしばらくして事業縮小でなくなってしまいました。さらにその頃、結婚を考えていた相手との別れも重なってしまって。失業と失恋が同時に来て、軽く引きこもっていました。 ――そこから、どうやって立ち直られたのでしょうか? 正直、その時点では「自信があるのは公務員試験にパスするスキルだけ」でした。だから名古屋市の学校事務職員試験を、年齢制限ギリギリで受けて、何とか滑り込みました。 ただ、いざ安定すると、また「やっぱり英語の仕事がしたい」という気持ちが湧いてきたんです。そのころには、結婚もして、すでに30代になっていました。 ここから何ができるのかを考えて、まずは教員免許を取ってみようと思いました。33〜34歳の頃、日本大学の通信教育課程に入学したんです。教員免許を取るまでには思ったより時間がかかってしまったのですが。 転機を呼び込んだ「ご縁」と「素直さ」 ――英語を軸にキャリアを切り開いていこうと決心された、ターニングポイントはどこにありましたか? 小学校での仕事を通じて、偶然が重なり英語を使う機会が少しずつ増えてきた頃、転職サイトを見るようになったんです。そこで見つけたのが名古屋大学の国際労務担当の研究員のお仕事でした。学位は不要で、学士号があり、TOEIC900点以上の実力があれば応募できるという条件だったんです。 英語力だけでなく専門性も求められる仕事だったので、決して楽ではありませんでしたが、研究員として働く日々はとても充実していました。 研究員の期間中に出産も経験し、産休・育休中に教育実習をこなしてようやく教員免許を取得することができました。 研究員の任期が終わる予定だった時には、「特殊な業務を担当しているから、ぜひ引き続き残ってほしい」と声をかけていただいて。仕事へのやりがいも強く感じていました。 ただ、ここでまた私の悪い癖が出てしまって(笑)。「任期がいつ終わるかわからないこの状況のままでいいのかな」と迷った末に研究員の仕事を離れ、名古屋市立大学の準公務員試験を受けて、再び“安定”の道を選んでしまったんです。 結局、その安定も、最終的には子育てとの両立が難しくなり、夫との関係がうまくいかなくなったことで終わりを迎えました。その後、専業主婦となり、「何か自分でできることはないか」と思い、ブログを書き始めたんです。 ――難しい局面で周囲のアドバイスを上手に生かしていらっしゃいますよね。 私自身、かなり素直なタイプなんだと思います。誰かに「これをやったらうまくいくよ」と勧められて、そこにある程度納得できるロジックが見えたら、まずは試してみるようにしてきました。例えば、あるブログの先生から「文章がうまいから、X(旧Twitter)をやったほうがいいよ。1万人くらいすぐいくと思う」と言われたことがあって。「いやいや、さすがに無理ですよ」と思いながらも、少しおだてられて始めてみたら、本当に半年でフォロワーが1万人を超えたんです。 そうしたアドバイスを信じて動いてみたこと、そして人とのご縁が重なったことで、結果として道が開けていったのだと思います。 英語コーチとしての独立 ――英語コーチになったきっかけは何だったのでしょうか? X(旧Twitter)のDMを通じて、英語コーチング企業からスカウトをいただいたのがきっかけでした。詳しく話を聞いてみると、子どもが寝たあとでも仕事ができて、通勤も不要。日中は確かに仕事が少ないのですが、その時間を使って添削作業ができる。「これはすごく育児と相性がいい働き方だな」と感じたんです。 当時は、専業主婦をしながらXをしていただけでした。育児の合間にSNSを続けつつ、同時に国家資格キャリアコンサルタントの勉強も始めていました。 ――キャリアコンサルタントの資格を取ろうと思われた理由は?… Continue reading 何歳でも英語で人生を変えられる:英語コーチきなこさん

行動が人生を変える‐太極拳を通して学んだ人生の切り開き方【 インタビュー 中国広州滞在 隈本さん Vol.3】

インタビューさせていただいたのは、中国広州在住の隈本祐子さん。第1章では、駐在に行くかもしれないというパートナーの一言から実際に中国駐在が決まるまでの7年間の思いや、実際に中国に渡航してからの生活立ち上げや焦る思いについてお聞きしました。 第2章では、現地の太極拳のコミュニティに参加した経験について、嬉しかったこと、難しかったこと、努力したことについてお聞きしました。 第1章と第2章はこちらから第1章 海外生活への強い思いと”中国”への戸惑い第2章 地元の太極拳グループに飛び込み参加。先生についていく決意。 最終章では、太極拳を通しての隈本さんの心の変化、太極拳への思いについてお聞きしました。 週5〜7日。太極拳中心の生活へ 太極拳は彼女にとって“生活の中心”になった。 週5〜6日、多いときは週7日。毎日のように練習するうちに、太極拳に向き合う姿勢が変わり、家族の見え方も変わっていった。 子どもたちの視点の変化 日本では仕事をしていた母親が、中国への引っ越しを機に突然「仕事をしない生活」になる。最初、子どもたちは戸惑ったと隈本さんは言う。 「ママ、これから何するの?」「ママが仕事しなかったらご飯食べられないよ!」 子どもたちにとって“いつも働く人”だった隈本さん。しかし毎日家で練習する姿を見せるうちに、子どもたちも変わったという。 「”ママは太極拳の人だよね”って。気付いたら、子供たちが自然に受け入れるようになっていた」と隈本さんは笑う。 *お子さんが太極拳を見学に来た日 旦那さんの反応 当初は現地のコミュニティに入ることを心配していた旦那さんも、「一番中国に溶け込んでるのはママだよね。」といつの間にか受け入れるようになっていたという。 「太極拳のイベントに積極的に参加し、平日に開催されたものには子どもを学校を休ませてまで連れていった。いい経験だと思ったから。」 と、当時を思い出して隈本さんは語る。「”ママすごいじゃん”という表情を見せて夫も笑っていた。」 隈本さんが優しい顔で言った。 「がむしゃらにやってきた結果なのかな。」 教える側へ―Expat Circleでの依頼 太極拳を学びはじめて少したった頃、学ぶだけではなく、「教える」立場になる機会が隈本さんに訪れた。 「海外生活者向けのサークル “Expat Circle” で、ヨガや中国茶など自分の得意なことを教える活動をしている人たちがいて、そこから太極拳講師の依頼がきたけど、最初は不安の方が大きかった」 大好きな太極拳を教えるという突然の機会。 当初の不安な気持ちを隈本さんは語る。 「太極拳って、1回で伝えられるものじゃないし、人に教えるってイメージが湧かなかった。」 隈本さんの表情からも簡単な決断ではなかったことがわかる。 「それでも断らずに挑戦してみたけど、やっぱり1回では伝えきれなかった。続けて教えたいとまでは思わなかったけど、これが”自分はもっと極めたい”と感じるきっかけになった」 学ぶ立場から教える立場になってみたことで、太極拳への思いが強まったと隈本さんは語る。 PTA経由で広がった“文化体験”としての太極拳指導 太極拳への思いが強まったタイミングで、さらに予想外の依頼が隈本さんのもとに舞い込んできた。 学校のPTAで知り合った先生が、彼女が太極拳をしていることを知り、声をかけてきたという。 「総合の授業で日中の懸け橋になる内容をやりたい。外部講師はハードルが高いけど、保護者でできる方がいるのなら…。太極拳を教えてもらえませんか?」 突然の依頼、しかも相手は日本人学校に通う子供たち、もちろん隈本さん自身の子どもたちも。 「すごく嬉しかったけど、不安も大きかった。」 当時の気持ちを隈本さんは振り返る。 「子どもに教えるイメージが持てなくて。太極拳を教えた経験、ほとんどないし。」 迷っていたタイミングで、以前一度だけ開催した太極拳講座を、「全8回の講座」としてやってみることを決めたと隈本さんは当時の様子を語る。 参加者5名、24式太極拳。日にちを固定し、本当にやる気のある人に限定して募集した。申し込み1時間以内に予約満席に。隈本さんの新たな挑戦、”太極拳講座”がスタートした。 言語化の難しさ、参加者の熱意 「最初は、自分の動きを言葉にすることがとても難しかった。」 隈本さんは静かに語る。 「“こんな感じで”といっても伝わらない。右手の動きひとつ説明するのも難しい。」 教えることの難しさを隈本さんは振り返る。 「参加してくれた5人はすごく熱心で。毎回動画を撮ったり、家で練習してきてくれた。」熱意をもって学んでくれたことが嬉しかったと、隈本さんは優しい笑顔で語る。 彼女がどれほど太極拳を大切にしてきたか知っている人たちだったからこそ、参加している方も理解と熱意が強かったようだ。 少しずつ変化があったことを隈本さんが教えてくれた。「靴が太極拳の靴に変わって、服装も少しずつ太極拳仕様になってきた。みんなが楽しむ姿が嬉しかった」 嬉しそうな表情から当時の気持ちが伝わってくる。 最後には全員で動画を撮影し、8回の講座は大成功で終わった。 「こんなふうに広がっていくことに驚きと感動があった。」 嬉しかった気持ちを隈本さんが語る。 「太極拳の仲間にも報告したら、”すごい、よくやってるね!”と温かい言葉をかけてくれて。公園の真ん中に受講生5人を連れていった時も、みんなが温かく迎えてくれた。」… Continue reading 行動が人生を変える‐太極拳を通して学んだ人生の切り開き方【 インタビュー 中国広州滞在 隈本さん Vol.3】

Coffee Breakコラム5 国際女性デー 2026

薄井シンシアさん主催『キャリアブレイクはキャリアエンドではない』を合言葉に集う国際女性デーのイベントも、今年で2回目を迎えました。今年は、SEKAIA株式会社に会場をご提供いただき、3月10日(火)に開催いたしました。国連が定める2026年のテーマは、『Give to Gain』。知識や経験、様々な機会を与え合うこと(Give)によって、新たな出会いとより良い社会の創造を生み出していく(Gain)を目指すことの大切さを考えることを掲げています。

3社で凹んで止まる転職活動、もう終わりにしよう

転職や再就職を考え始めたとき、多くの方が、まず求人を探し、いくつか応募します。そして、こんな状態で立ち止まります。 「とりあえず3社くらい応募してみたんですが、全部落ちてしまって、正直凹んでます。やらないといけないと思ってはいるんですが、気が乗らないんです。」 このような言葉を、ご相談の現場で何度も聞いてきました。 落ちると、正直しんどいですよね。否定されたような気がして、「やっぱり私には無理なのかも」と思ってしまう。今日は、そんな方に向けて、少しだけ現実を一緒に見てみる話をします。 転職活動は「3社で判断できるもの」ではない まず、数字の話をします。 マイナビ転職のデータによると、転職活動者の平均応募社数は約8.4社。 思ったより多いと感じませんか?「2〜3社応募して、様子を見る」そんなイメージを持っている方も多いのですが、実際には、8社以上応募している人が多数派です。 さらに年代別に見ると、41歳以降では、10社以上応募している人が多いという結果も出ています。 つまり、年齢が上がるほど1社ずつ慎重に、というより、ある程度の数を前提に動く。そんな転職の仕方に、自然と変わっていくのです。 そこにはやはり、・書類選考の通過率が下がりやすい・企業側の目線がよりシビアになる・経験があっても、年齢で判断されるそのような状況があるわけです。 ですので、3社応募して、全部落ちたという状態は、「もうダメ」ではなく「やっとスタート地点に立った」くらいの位置。 数字で見ると、そう言えるのです。 へこんでいい。でも止まらないでほしい ここは、とても大事なところなので、しっかりとお伝えしたいのですが、凹んでも、落ち込んでもいいですが、立ち止まらないでください。 転職活動は、自信が満タンになってから始めるものではありません。不安なまま、迷いながら、自信が揺らいだ状態で、それでも動き続けた人だけが、次に進めます。 応募社数は「量」。でも、本質はそこではない だからと言って「とにかく数を打て」と言いたいわけではありません。応募社数は、たしかに量です。でも、その裏側で何が起きているかというと、 1社応募するために、・私たちはこれまでの仕事を振り返り・自分の強みの言語化・なぜこの会社で働きたいのかを考える・どんな働き方をしたいのかを問い直す このように、かなりエネルギーを使いますよね。 だから、3社で疲れてしまう人が多いと思っています。それは、本気で向き合っている証拠です。ただ、考えたまま止まってしまうのは、正直もったいない。そう思うんです。 判断軸があると、迷い方が変わる ここで大事になるのが、判断軸です。 ☆私は、働く上で何を大事にしたいのか☆どんなあり方で仕事をしたいのか☆何を守って、何を手放すのか これが言葉になっていると、迷ったときに立ち戻る場所ができます。 落ちた経験は、振り返ることで次につなげる 面接で落ちると、メンタルは削られます。一旦、落ち込んでいいと思います。ただ、そこで終わらせないでほしい。誰かに話す。振り返る。次の作戦を立てる。アクションを起こしてほしいんです。 応募する仕事の方向性や、応募書類でさらに工夫できる点、面接で伝え方を変えられそうなところ等、これを一つずつ整理していくことが、次につながる推進力になります。 地味ですが、これは立派なPDCAです。転職活動は、実はあなたを成長させ、未来を拓く力を付ける、そんな活動でもあるんです。 転職活動で、あなたの価値の全てが決まるわけではない 最後に、これだけはお伝えしたい。 転職活動で、あなたの価値が全て決まるわけではありません転職活動は、応募した会社との相性を確かめる場です。 別な見方をすると、落ちた、その会社はあなたとは合わないんです。応募した会社側が、そう判断した結果とも言えます。なので、合わない場所に行かずに済んだ、という見方もできると思っています。 しっかり準備をして、前に向かって歩んでほしい。そう思っています。 ※キャリアブレイク前後のご相談(離職・転職など)・人間関係など、幅広くご相談を承っております。詳しくはこちらのHPをご参照ください。納得の未来を支えるキャリアコンサルタント・三橋久美子のHP ※キャリアブレイクからの復職や転職をお考えの方は、是非「キャリア・リスタート準備度チェック 〜 私らしく働くための第一歩 〜」を実施してください。ご自分がどのくらい準備が整っているか、知ることができますよ! ※日々の家事や家族サポートを「見えるかたち」にまとめました。「家庭運営マネージャーの職務要約~主婦業のリアルディスクリプション~」・再就職に向けて、これまでの経験を整理したい方・ 面接や履歴書で「主婦業をどう伝えればいいか」悩んでいる方・ 自己理解やキャリアの棚卸しをしたい方そんなあなたに、おすすめの1枚です。 ※毎週土曜日朝6:00~voicyでも皆様にキャリア・終活・お金・女性特有の体調(フェムケア)についてお伝えしています。後からも聞くことができますので、是非お耳をお貸しください。40代から人生を変えるラジオ/ミアビータ・アーカイヴ一覧40代から人生を変えるラジオ/voicyチャンネル

第10回ゲスト 平野桃子さん

【Experience never gets old:経験は色褪せることなく、いつまでも価値があるもの】

夫の海外赴任に帯同した時も、勇気を振り絞って、街の不動産屋さんの門戸を叩きました。家族のためを思って日本での仕事を諦めて海外赴任に帯同しましたが、前職の後輩が昇進した話を聞いたり、進行中の案件の話を聞くと、あー、私は仕事が好きだったのだなと気付きました。英国で思い切って働いたからこそ見えた景色があったし、英語力も上がり、この経験は自分にとって貴重だったと感じています。

2026年、再就職を考えるなら「仕事を具体で見る」

1日は、「自分の人生を大切に扱う人が増えてほしい」という話を書きました。 2日は、「私の経験を、強みとして言葉にしていく」という視点をお伝えしました。 三が日の最後は、再就職を考えるうえで欠かせない「仕事理解」についてお伝えしたいと思います。 再就職でつまずきやすい理由は、「仕事が見えていない」こと 再就職を考え始めると、多くの方がまず求人票を見ます。 けれど、面談の現場では、こんなお声をよく耳にします。 「どんな仕事なのか、正直よく分からないまま応募していました」 これは、ご本人の努力不足ではありません。仕事を“職種名”でしか見ていないことが原因です。 また、仕事を役割の集合体として捉えることが大切だと考えています。 その視点を形にしたのが、以前ブログで公開した「家庭運営マネージャーの職務要約― 主婦業のリアルディスクリプション ―」です。 (参考)主婦業にも“職務経歴書”を。家庭運営を「見える化」するジョブディスクリプション このページでは、家庭という場を一つの組織と見立て、 スケジュール管理 お金や資源の管理 関係者(家族)との調整 突発的なトラブルへの対応 長期的な視点での判断 といった役割を、「業務」として分解しています。 ここでお伝えしたかったのは、「主婦業はすごい」ということだけではありません。 仕事とは、そもそもこうやって成り立っているという視点です。 仕事を具体で見ると、選択肢は広がる 仕事を役割で捉えられるようになると、再就職の見え方が変わります。 たとえば、 「未経験だから無理」と思っていた仕事も、 どんな役割があるのか どんな判断が求められるのか を見ていくと、 「この部分なら、経験があるかもしれない」 と感じられることがあります。 これは、自分を過大評価しているわけでも、無理に当てはめているわけでもありません。 仕事を具体で理解した結果です。 自己理解と仕事理解は、セットで考える 再就職には、自己理解と仕事理解の両方が欠かせません。 自分は、どんな判断をしてきたのか どんな役割を担ってきたのか それは、どんな仕事の中で活かせそうか このすり合わせができると、再就職は「運任せ」ではなくなります。 そのために、ジョブディスクリプションという考え方はとても有効です。 2026年は、「知るところから」始めてもいい 2026年、いきなり応募しなくても大丈夫です。 まずは、 世の中の仕事を、役割で見てみる 自分の経験を、役割として整理してみる 仕事内容を具体的に想像する視点を持つ ここから始めるだけでも、再就職への不安は、少しずつ形を変えていきます。 この3日間でお伝えしてきたのは、 ご自分の生きてきた歩み=キャリアを大切に扱ってほしいこと 経験は、すでに強みの芽になっていること 再就職は、自己理解と仕事理解から整えていけること 今年もここで、キャリアの話を書いていきます。 2026年が、ご自分の経験と、世の中の仕事を丁寧につなぎ直す一年になりますように。 ※キャリアブレイク前後のご相談(離職・転職など)・人間関係など、幅広くご相談を承っております。詳しくはこちらのHPをご参照ください。納得の未来を支えるキャリアコンサルタント・三橋久美子のHP ※キャリアブレイクからの復職や転職をお考えの方は、是非「キャリア・リスタート準備度チェック… Continue reading 2026年、再就職を考えるなら「仕事を具体で見る」

2026年、私の経験を“強み”として言葉にしていく

昨日は『自分のキャリアを大切に扱う人が増えてほしい』そんなお話しをしました。 今日はその続きとして、「これまでの経験を、どう扱えばいいのか」について考えてみたいと思います。 経験は勝手に強みにはならない 子育て、介護、家庭の事情。仕事から少し距離を置いた時間を過ごしてきた方の多くが、こんなふうにおっしゃいます。 「経験はあるけれど、強みと言えるほどのものではない気がします」 この感覚はとても自然です。 なぜなら、経験は ただ積み重ねただけでは、強みとして認識されにくいからです。 強みは、「何をしたか」より「どう向き合ってきたか」 強みというと、資格や実績、スキルのような分かりやすいものを思い浮かべがちです。 でも、私が再就職や転職の現場で見てきたのは、強みの正体は、行動の中身というよりも“姿勢”に近いということです。 たとえば、 何を優先するかを考えてきたこと 状況に合わせてやり方を変えてきたこと 誰かの立場を想像しながら判断してきたこと こうした積み重ねは、外からは見えにくいけれど、確実にその人の中に残っています。 経験を強みに変える第一歩は「切り取る」こと いきなり「私の強みは〇〇です」と言葉にしなくて大丈夫です。 まずは、こんな問いをご自分にしてみてください。例えば次のようなことです。 大変だったけれど、何とか回してきたことは何か 判断に迷った場面で、最終的に何を大切にしたか 繰り返し頼られていた役割は何だったか ここには、その人らしい考え方や行動の癖が表れています。 経験を“全部まとめて”評価しようとしなくていい。まずは一部分を切り取るだけで、十分なのです。 言葉にできた経験は、次の選択を支えてくれる 経験を言葉にするというのは、誰かに説明するためだけのものではありません。 自分自身が、 何を大切にしてきたのか どんな場面で力を発揮してきたのか を理解するための作業でもあります。 これができると、「何が向いているか分からない」状態から、少しずつ抜け出せるようになります。 強みは、自信満々に語れるものである必要はありません。 むしろ、 当たり前すぎて自分では気づいていないこと 長くやってきたから軽く扱っていること の中に、その人ならではの価値が隠れています。 2026年は、これまでの経験を価値として丁寧に拾い直す年にしてみませんか。 ※キャリアブレイク前後のご相談(離職・転職など)・人間関係など、幅広くご相談を承っております。詳しくはこちらのHPをご参照ください。納得の未来を支えるキャリアコンサルタント・三橋久美子のHP ※キャリアブレイクからの復職や転職をお考えの方は、是非「キャリア・リスタート準備度チェック 〜 私らしく働くための第一歩 〜」を実施してください。ご自分がどのくらい準備が整っているか、知ることができますよ! ※日々の家事や家族サポートを「見えるかたち」にまとめました。「家庭運営マネージャーの職務要約~主婦業のリアルディスクリプション~」・再就職に向けて、これまでの経験を整理したい方・ 面接や履歴書で「主婦業をどう伝えればいいか」悩んでいる方・ 自己理解やキャリアの棚卸しをしたい方そんなあなたに、おすすめの1枚です。 ※毎週土曜日朝6:00~voicyでも皆様にキャリア・終活・お金・女性特有の体調(フェムケア)についてお伝えしています。後からも聞くことができますので、是非お耳をお貸しください。40代から人生を変えるラジオ/ミアビータ・アーカイヴ一覧40代から人生を変えるラジオ/voicyチャンネル

2026年、自分のキャリアを大切に扱う人が増えてほしい

新年あけましておめでとうございます。2026年もよろしくお願いいたします。今年も緩やかに継続してお伝えしていきます。 さて、2025年、私はシングルマザーの皆さんの転職やキャリアブレイク期間の長い方の再就職の現場におりました。その中で、感じていることをお伝えしたいと思います。 キャリアは、いつも思い通りに選べるものではない 面談の現場でお会いする方々の中には、子育てや介護、家庭の事情など、状況が先に立ち、「働かないことを選択」している方も大勢います。「選びたかった」というより、その時点で選べる「最善」を選んできた。そんな時間を過ごしてきた方も、多いのではないでしょうか。だからこそ、これまでを振り返って「自分で選んだというより、そうするしかなかった」と感じる方がいらっしゃるのも、自然なことだと思います。 もちろん、自ら進んで、今はこうしたい!こうしよう!!と選び取った方にもお会いします。そのどれもが、皆様の人生だと思い、真摯にお話しをお聴きする、日々その気持ちを忘れずに臨んでいます。 そんなお話しの中で、例えどの人生を選んだとしても、ひとつ確かなことがあります。 それは、仕事をしていない時期も、キャリアの一部であるということです。それを改めてお伝えします。 働いていない期間があると、キャリアが止まっていたように感じることがあります。 けれどその間も、何を優先するかを考え、状況を見極め、判断を重ねながら、自分なりの責任を引き受けてきたはずです。 人は、経験を通して学びます。正解のない状況で考え、迷い、振り返ること自体が、その人の判断力や視点を育てていきます。 それは、キャリアがなかった時間ではありません。ただ、仕事の言葉で語られてこなかっただけです。 自分の時間を、キャリアとして扱えるか 私が日頃関わっている再就職の現場でも、キャリアブレイクが長い方ほど、最初はこうおっしゃいます。 「私には、何もない気がします」 でもお話を丁寧に聴いていくと、 判断力 調整力 責任感 学び直す力 が、確実に育っていることが分かります。 キャリアブレイクそのものが不利なのではなく、自分でそれを価値として扱えていないことが、次に進むときの壁になっているんです。 確かに再就職の道は厳しい。働いていない期間を、言葉通りに受け取る企業はまだまだあります。でも、今持っている自身の力を自分の言葉にして伝えていくこと。それにはまず、自分のキャリアとして、これまでをどう認識しているかが重要になってきます。 それができると、「私は何もしていなかった」という感覚は、徐々に静かにほどけていくと思います。 キャリアは、後からでも選び直せる キャリアは、一直線に進むものではありません。 人生の中では、役割や立場が大きく切り替わる時期があります。そうした移行の時間は、目に見える成果がなくても、価値観や判断軸が深く育つ時間でもあります。 状況が変われば、立ち止まってもいい。考え直してもいい。 これからは、「自ら選び取るキャリア」を考えていけばいいんです。 その力は、これまでの時間の中で、もう、ちゃんと育っています 新しい年が答えを急ぐ一年ではなく、自分の人生を大切に扱う一年になりますように。 ここからは、キャリアづくりについても、少しずつ、具体的な視点をお伝えしていきます。 必要なときに、思い出してもらえる場所になれたら嬉しいです。 ※キャリアブレイク前後のご相談(離職・転職など)・人間関係など、幅広くご相談を承っております。詳しくはこちらのHPをご参照ください。納得の未来を支えるキャリアコンサルタント・三橋久美子のHP ※キャリアブレイクからの復職や転職をお考えの方は、是非「キャリア・リスタート準備度チェック 〜 私らしく働くための第一歩 〜」を実施してください。ご自分がどのくらい準備が整っているか、知ることができますよ! ※日々の家事や家族サポートを「見えるかたち」にまとめました。「家庭運営マネージャーの職務要約~主婦業のリアルディスクリプション~」・再就職に向けて、これまでの経験を整理したい方・ 面接や履歴書で「主婦業をどう伝えればいいか」悩んでいる方・ 自己理解やキャリアの棚卸しをしたい方そんなあなたに、おすすめの1枚です。 ※毎週土曜日朝6:00~voicyでも皆様にキャリア・終活・お金・女性特有の体調(フェムケア)についてお伝えしています。後からも聞くことができますので、是非お耳をお貸しください。40代から人生を変えるラジオ/ミアビータ・アーカイヴ一覧40代から人生を変えるラジオ/voicyチャンネル

第9回ゲスト 小宮山菜々子さん

【変化を恐れない】

チャンスが来たら自ら飛び込む。昔から思いっきりが良いところはありました。チャンスがあれば飛び込んで、変化の中に自分を置くことが好きです。飛び込んだ先で、壁を乗り越えながらいろいろな事が実現できると達成感があって嬉しい。だからまた次も飛び込めるんです。

Coffee Breakコラム4  私たちはスラッシュワーカー!?

【次のキャリアの為に、日常の20%の時間を本業以外の場所で活用する】

人生は持久走。全力疾走では倒れてしまいます。今できる事を今できるペースで進めていれば、ふとスピードアップできるタイミングに辿り着きます。それが、子供の自立であったり、仕事の転機であったり。時間と心に少し余裕が見えたら、日常の20%を次の「/」に活用しましょう。それは仕事(ワークキャリア)でなくても、ボランティアやリスキリング等、生き方(ライフキャリア)に関する事でもいいんです。ワークもライフも、キャリアはトータルして自分の生き方になるのですから。