The blog introduces Sachiko’s journey in English learning and highlights her experiences at the English Library Café led by Natsuko Gomi. It emphasizes the benefits of engaging with diverse perspectives through reading and discussion, fostering intellectual curiosity. Natsuko’s story showcases the transformative power of language in personal and professional growth.
Tag: #キャリア
英語、キャリア、そして飾り寿司~異文化をつなぐ私の挑戦~AT Globe 鈴木美加子さん
Hi there! Welcome to my blog. こんにちは、Sachikoです。 英語を「話せるスキル」で終わらせず、どうキャリアにつなげ、どう人生に活かしていくのか。このブログでは、英語を軸に自分らしい道を切り拓いてきた方々の、等身大の経験と選択をお届けしています。 今回ご紹介するのは、外資系企業の人事部門で長年経験を積み、2014年に株式会社AT Globeを設立された鈴木美加子(美加子さん)さんです。 「世界で活躍できる日本人を育てたい」という想いのもと、グローバル人材育成に取り組む一方、近年は海外からの旅行者向けに飾り寿司教室という新たな事業もスタートされました。 英語との出会い、外資系企業でのキャリア、起業への挑戦。そして日本文化を世界へ発信する新たな取り組みについて、お話を伺いました。 ニューヨーク生まれの帰国ベイビー 商社勤務だったお父様のニューヨーク駐在中に生まれたという美加子さん。 幼少期の記憶はないそうですが、海外を身近に感じる家庭環境で育ちました。 人生の転機となったのは大学3年生の夏休み。当時ドイツにお父様が単身赴任されていて、「成人式の晴れ着は要らないから、大学3年生の夏休みにドイツに行きたい」とご両親と交渉しドイツ行きを実現させたのが本格的海外体験でした。 ヨーロッパでは多くの人が英語でコミュニケーションを取る中、自分だけが英語を話せない——。その残念さが英語学習への強い原動力になったといいます。 「英語を使って仕事がしたい」 「多様な環境で働きたい」 今につながる思いは、この時に芽生えたそうです。 外資系企業へ飛び込む決意 大学3年生から本格的に英語を学び始めた美加子さんは、卒業後にGE Japanへ入社します。 当時はまだ外資系企業への就職が今ほど一般的ではありませんでしたが、ジャパンタイムズでGE Japanの求人を見つけたことが大きな転機となりました。 お父様から「今、アメリカでNo.1の企業だよ」と言われ、挑戦への後押しになったそうです。 その後も複数の外資系企業で人事として経験を重ね、キャリアを築いてこられました。 若い頃は昇進のスピードを重視していた一方で、30代半ばを過ぎてからは、「どのような環境で働くか」をより大切にするようになったといいます。 日本法人に十分な裁量権があり、上司が外国人で、多様なバックグラウンドを持つ社員が集まる環境を意識して選んできたそうです。その背景には、「多様性の高い職場で働きたい」という一貫した思いがありました。 外資系企業ではOJT(On the Job)トレーニングで様々な経験を積むことが通常です。外資系キャリアを構築する過程で「強み」を活かすのが何よりとのこと。 美加子さんご自身、外資系企業でのさまざまな経験を通じて、強みを磨きながらキャリアを構築されました。 キャリア迷子の時期 キャリアのスタートは人事職でしたが、若い頃から抱いていたファッション業界への憧れを捨てきれず、32歳のときに思い切って転職を決意します。年収が半分になることも覚悟のうえで、オートクチュールメーカーのマーケティング職に挑戦しました。 しかし、実際に働いてみると、自分が本当に力を発揮できる仕事ではないことに気づきます。結果として、人事の道へ戻ることになりました。 この経験を通じて実感したのは、「自分に合った企業文化を見極めることの重要性」でした。 美加子さんによると、企業との相性を考える際には、①企業の成長段階、②企業規模、③求められる仕事のスピード――という3つの軸が重要だといいます。これらが自分の価値観や働き方と合致していないと、能力の有無にかかわらず職場で孤立感を抱いてしまうことがあるそうです。 だからこそ、職種や待遇だけでなく、自分がどのような環境で最も力を発揮できるのかを理解したうえでキャリアを選択することが大切だと語ってくださいました。 外資系で活躍するために必要なこと 美加子さんが考える、外資系企業で活躍するために欠かせない要素は3つ。 アサーティブネス(自分の意見を適切に伝える力) ロジカルシンキング 多様な人材と協働する力 特に印象的だったのは、アサーティブネスを身につけるためのアドバイスです。 「いきなり大きなことをする必要はありません。ランチを注文するときに自分で選ぶことや、誘いを上手に断ることなど、日常の小さな場面から意見を伝える練習をするといいんです。」 確かに、日本人は「空気を読む」ことが得意な一方で、自分の意見を明確に伝える経験が少ないかもしれません。 こうした日常の積み重ねが、グローバルな環境でのコミュニケーション力につながるのだと感じました。 外資系で求められる英語力とは? 美加子さんによると、「外資系に必要な英語力」は業界や職種によって大きく異なるため、一概には言えないそうです。 例えば、営業職や技術職であれば、スタッフレベルでTOEIC500点程度から挑戦可能な場合もあります。一方で、海外とのやり取りが多いマーケティングや人事では、より高い英語力(スタッフで750点程度、マネージャーでは800点以上のレベル)が求められる傾向があります。 大切なのは、求人内容をよく確認し、自分が目指す職種に必要な英語力を見極めること。英語力だけでなく、職種ごとの専門性や経験とのバランスを意識することが、グローバルキャリアへの第一歩だと感じました。 起業、そして日本文化を世界へ オーストラリアでの生活を経て帰国した美加子さんは、「働く時間や場所を自分で選びたい」という思いを強く抱くようになり、2014年に株式会社AT Globeを設立されました。… Continue reading 英語、キャリア、そして飾り寿司~異文化をつなぐ私の挑戦~AT Globe 鈴木美加子さん
英語で拓くキャリアは続く:通訳ガイド・石川弘さん
Hi there! Welcome to my blog.こんにちは、Sachikoです。 英語を「話せるスキル」で終わらせず、どうキャリアにつなげ、どう人生に生かしていくのか。 このブログでは、英語を軸に自分らしい道を切り拓いてきた方々の、等身大の経験と選択をお届けしています。 今回のゲストは、石川弘(いしかわ・ひろし)さんです。製薬会社で長年キャリアを重ね、アメリカ、オランダ、フィリピンの3か国で海外駐在を経験。定年退職後は、通訳ガイド(全国通訳案内士)、財団での活動、英語勉強会の運営と、いくつもの顔を持ちながら、今もなお精力的に活動されています。 私自身、キャリアの後半に差しかかり、「いつか通訳ガイドをやってみたい」と思うようになりました。 そこで今回は、英語とキャリアの関係、そして通訳ガイドという働き方について、石川さんにじっくりお話を伺いました。 「英語は、会社に入ってから本気でやり始めました」 —— 海外駐在を何度も経験されていますが、英語はもともと得意だったのでしょうか? 「いえ、決して最初から得意だったわけではありません。大学は薬学部で、卒業後は中小の製薬会社に入りました。ちょうど会社が海外進出を目指し始めた時期で、私は国内営業に配属されたんですが……国内営業は、完全な“レッドオーシャン”だったんです。 一方で海外部門を見ると、人が足りない。『ここなら勝負できるかもしれない』と思ったのが、最初の動機でした」 当時、社内では「社内英検」という制度があり、合格すれば国際部勤務を経て、海外駐在のチャンスが得られる仕組みがあったそうです。 「英語自体は好きでしたが、本気で勉強し始めたのは入社後です。高校時代に英検2級を取った程度。社内英検は3回目でようやく合格し、国際部に配属されました」 国際部での最初の3年間は、徹底した“書く英語”の訓練。 「テレックスや英文メールの書き方を、徹底的に叩き込まれました。課長に原稿を出すたび、赤字だらけで返ってきて……」 どれくらい書けば英文はうまくなるのか、と聞いたときの答えが印象的だったそう。 「『1トントラック一杯分くらい書いたらね』って(笑)。今思えば、あれがすべての土台でした」 駐在地ごとの記憶――ニューヨーク(米国)、アムステルダム(オランダ)、マニラ(フィリピン) —— 特に印象に残っている国はありますか? 「どの国にも思い入れはありますが、やはり最初のアメリカ、ニューヨークですね。30歳直前での赴任で、当時は日本人なら誰もが憧れる街。あの文化の中で生活できたことは、今でも鮮明に覚えています」 最後の赴任地・フィリピンでは、経営者としての経験を積みました。 「ジェネラルマネージャーとして、営業、労務、会計まで会社経営の全体を見る立場でした。労使問題がこじれて、脅迫状のようなものが届いたこともあり、本社と緊急で相談したこともありましたね」 オランダでは、ヨーロッパならではの価値観に触れたといいます。 「皆、自分なりの“人生の楽しみ方”をよく知っている。仕事と生活のバランスの取り方には、本当に学ぶことが多かったです」 「英語を維持し、海外でお世話になった方々への恩返しがしたかった」 —— 定年後、通訳ガイドを目指された理由は? 「理由は二つあります。ひとつは、英語力を維持し、できればさらに高めたいという思い。もうひとつは、海外でお世話になった方々への“恩返し”です」 駐在先では、現地の人々に名所を案内され、食事を共にし、多くの親切を受けた。 「だから今度は、日本に来る外国の方に、日本の文化や食、人の魅力を伝えたい。そう考えたとき、通訳ガイドという仕事が一番しっくりきたんです」 製薬会社時代の経験も、今に生きています。 「英語力に加えて、コミュニケーション力ですね。それに、ガイドをしていると必ず『今までどんな仕事をしてきたの?』と聞かれます。自分のキャリアそのものが、会話のコンテンツになるんです」 通訳ガイドの仕事は、こうして始まった —— 通訳ガイドの資格(全国通訳案内士)を取得された後、実際にはどのようにお仕事を見つけたのでしょうか。 正直に言うと、資格を取ったあと、“どうやって仕事を取るのか”はまったく分かりませんでした」 転機は、通訳ガイド二次試験(面接)対策講座。 「その講座を行っていた旅行会社の講師の方が、とても印象的だったんです。『ここなら、きちんとガイドを育てている』と感じました」 その旅行会社は、築地観光を専門とする会社。契約までのプロセスは、想像以上に本格的でした。 「まずはコミュニケーション研修を受けます。その後、実際に築地場外市場を廻りながら日本語で研修を受けます。次に一次試験として、他の日本人4人とともに場外市場を廻り、一人一人、ランダムに割り当てられた5コースのうち1コースを20分で英語で説明します」 一次試験を通過すると、実地の二次試験。 「二次試験は、外国人のお客様を実際にお招きして、90分間築地を英語で案内します。これに合格すればガイド委託契約、という流れでした。『これに受かれば仕事が始められるんだ』と思って、本当に必死でしたね」 二次試験翌日には連絡があり、無事合格、そしてその後委託契約締結。 「二次試験では、お客様(外国人)の評価が合否の重要要素だったようです。ありがたいことに、良い評価をいただけたようでした」 初ガイドの日、忘れられない一言 コロナ禍を経て、2022年に通訳ガイドとしてデビュー。最初のツアーは築地でした。 「正直、不安しかなかったです。自分の英語と知識で、本当にお金をいただいて満足してもらえるのか、と」 しかし、90分のツアーを終えたあとの反応は、想像以上。 「『とても良かった』『もう何年もやっているかと思った』と言われて。『実は今日が初めてなんです』と伝えたら、ものすごく驚かれて(笑)。あのときのお二人の表情は、今でも忘れられません」… Continue reading 英語で拓くキャリアは続く:通訳ガイド・石川弘さん
「人生の種まきをしよう」『おうち英語』著者・小河園子さん
Hi there! Welcome to my blog. こんにちはSachikoです。 英語はあなたのキャリアにどんな影響を与えていますか? どうすれば「キャリアの武器になる英語」を身に着けられるのでしょうか。 英語を軸にキャリアを紡いできたSachikoが英語の達人のみなさんにその秘訣を伺います。 今回ご紹介するのは、「気が付くと子どもの英語力がぐんぐん伸びている おうち英語」を上梓された伝説の英語教師小河園子さんです。 「人生の種まきをしよう」『おうち英語』著者・小河園子さん 「いつどこで芽を出すか分からない種を、日々まいておく。 その積み重ねが、気づけばキャリアと子育てをつないでくれました。」 43年にわたって公立高校で英語教育に携わり、定年後は大学でも教壇に立つ。 そして近年は『気が付くと子どもの英語力がぐんぐん伸びている おうち英語』を上梓し、SNSやイベントでも発信を続ける――。 小河園子(おがわ・そのこ)さんに、教員としての歩み、子育てとの両立、 “種まき”というキャリア哲学、そして次の目標について伺いました。 「英語という切り札で乗り切れる」――教員を志した原点 ――教員になろうと思ったきっかけを教えてください。 外交官など他の道も考えましたが、いずれ結婚や出産を経ても長く働き続けたいという思いが強かったんです。そこで、自分の“切り札”である英語で勝負できる職場を求めて、教員を選びました。 就職当時(約40年前)は、外資系で英語を武器にバリバリ働く選択肢が今ほど一般的ではなくて。TOEICで900点を超える英語力があっても、あえて地味に見える公立高校を選びました。結果的に、それが私の軸になりました。 43年の教員人生――“進学校”から“進路多様校”まで ――どのような学校で教えられてきましたか。 主に公立高校です。キャリアの締めくくりは県立浦和高校で約11年。その前は浦和第一女子高校、キャリア中盤は新設10年目の埼玉県立南稜高校(いわゆる進路多様校)に勤務しました。 高校教員の定年後は、大学でも教えています。異なる校風・学力層の生徒と向き合った経験は、今の指導にも大きく生きています。 子育て期の“横展開”――直線ではなく、英語に触れ続ける導線づくり ――長いキャリアの中で子育ても。どのように継続されたのでしょう。 正直、我慢の時期もありました。周囲の先生が次々と本を出したり「出世」をしたりするのを横目に、私は母親業を優先。その分、定年後に活動の幅を広げています。 子育て期(幼稚園年中から高校卒業までの14年間)は、いわゆる“進学校”とは別の、多様な進路を歩む生徒が多い学校で教えました。そこで意識したのが、毎日英語に触れる導線を持ち続けること。授業に加え、国際交流担当に手を挙げ、オーストラリア研修旅行の引率など、英語が“仕事の中心”になる機会を自らつくりました。 キャリア一直線で管理職を目指す人たちが手を挙げにくい業務ほど、私は進んで引き受けました。脇道のようで、実は自分の軸を太くする道だったからです。 あえて“敬遠されがちな仕事”を選ぶ理由 ――なぜ、人がやりたがらない仕事を積極的に? 英語ディベート部の顧問や国際交流は、時間も手間もかかるし、成果も不確実です。でも、企画段階から関われる「おいしい仕事」でもあるんです。海外の先生(オーストラリア、イギリスなど)とメールをやり取りし、ホームステイの受け入れも毎年のようにやりました。 家族の助けも借りながら、我が家に外国人が泊まる環境を整えました。これは息子にとっても大きな財産になりました。 また、学校では日本人の先生たちが遠慮するネイティブの先生の隣の席を、私は「無料の英会話教室」だと思って確保。雑談から頼まれ事や相談が舞い込み、さらに英語の実践機会が増える。自分の強みを日常の中で回し続ける工夫です。 「国際交流に、子どもを巻き込む」 ――ご家庭にも国際交流を取り入れていたとか。 着任したばかりのオーストラリアやアメリカ、カナダ出身の先生と市役所での各種手続きを一緒にこなすなど、生活面のサポートもしました。小学生の息子は会話の中身をどこまで理解していたか分かりませんが、英語の音や多様な文化を“空気ごと”浴びる経験になったはず。また、息子は、「世界には、いろいろな人がいる」ということを実体験を通じて学ぶことができました。 種が花開いて誕生した『おうち英語』 ――書籍『おうち英語』はどのように生まれたのですか。 ある出版社(学研)の編集者さんに経歴を話すと、「母親としての視点 × 英語キャリアを掛け算しましょう」と背中を押していただき、企画が動き出しました。 執筆が実現した背景には、英語教員としての実績(当時まだ珍しかった海外進学のサポートなど)と、子育て経験。さらに、コロナ禍に参加したオンラインの出版塾でのご縁も大きかったです。そんなこんなで「いつどこで役立つか分からない“種まき”が、60代に入って次々と芽を出した」という感じです。スティーブ・ジョブズのいう connecting the dots を、私は「種まきが生きてきた」と表現しています。 キャリアアップの下準備――夜間大学院で“言語化”の力を磨く ――高校教員から大学へ。どのように道を拓いたのでしょう。 こまめに英語資格を更新しつつ、夜間の大学院(立教大学・異文化コミュニケーション)で2年間学びました。指導主幹は鳥飼久美子先生。本業と子育ての合間に通い、ギリギリで単位を取った科目もありますが(笑)、理論の言語化を身につけられたのは大きかった。思春期の息子とお互い「英語力でマウント合戦」をした時期もありましたが、親が夢中で学ぶ背中を見せられたのは良かったと思います。 出版の扉を開く――名刺に“見出し”を、翌日に“130の提案”を ――出版のチャンスは、どうつかんだのですか。 出版記念パーティーに顔を出し、名刺の裏に“見出しになりそうな言葉”(「公立高校から海外へ」「ケンブリッジ英検…」など)を書いてお渡ししました。翌日には編集者から宿題メール。 「このテーマで10項目」と言われたら、翌日に13。100なら130返す。結果、その130のTips(コツ)のうち64のTipsが本になりました。担当の古川有衣子編集長の“伸びる芽を伸ばす目”に救われました。 “レッドオーシャン”を泳ぎ切る覚悟――弱者の戦略 ――SNSでの発信は苦労も多かったのでは。 フォロワー5万人の著者が並ぶ中、私は数千人規模。不安はありましたが、飛び込んだ以上は泳ぎ切ると覚悟を決め、既存のリアルなつながりに丁寧にDMを送りました。300通送れば約1/3が反応。SNSは1/10〜1/100の反応でも、リアル発のネットワークなら道は開けると実感しました。 また、競合と思える著者にも自分から握手。同時期・類似テーマの方にDMを送り、共同スペースやコラボライブを実施。準備は7割こちらが担う、当日は相手7:自分3で話す――教員の経験を活かした即興トークで相手を引きたてました。半年後には、大物著者側からお声がけいただけるように。我が家ではライブ配信の時間を“放送”と呼び、家族の協力も得ながら継続しています。 AI時代の英語学習へ――「人間の予測不能性」を手放さない ――AIが発達する時代、英語学習者へのアドバイスは? 一言でいえば、「AIにない“人間の予測不能性”を大切に」です。「塞翁が馬」というように、よいことが悪いことに、悪いことがよいことに転じることは常に起こり得る。失敗して、踏みとどまって、やり直す――そのプロセス自体が学び。諦めない粘りこそが、英語とキャリアをつないでくれます。 ネクストゴール――“静かな時間”に、次の芽を仕込む ――これからの目標は? 昨年は思わぬ怪我で失速もありましたが、その“静けさ”の中で新しいコミュニティとの出会いがあり、出版コンペへの挑戦、次の企画も動き出しました。今後の取り組みとしては学童保育の時間に日本語と英語の両方の言語力を高める活動(言葉遊びなど)のお手伝いができたらと考えています。また、地域の中でボランティア的に日本を訪れる海外の方が、日本のことを良く知り、地域に溶け込みやすくするようなお手伝いができればと考えています。 園さんの“種まき”の流儀のまとめ 脇道歓迎:管理職一直線より、英語に触れ続ける導線を選ぶ。 敬遠歓迎:誰もやりたがらない仕事ほど企画から関わる。 家族巻き込み:ホームステイ受け入れで家を“国際交流拠点”に。 名刺=企画書:裏面に“見出し”を書く。翌日は提案を倍返し。 弱者の戦略:相手7:自分3でコラボを回す。準備はこちら7割。 言語化の筋トレ:大学院で理論と言葉を仕込む。 インタビューを終えて 園さんの言葉は、直線の「キャリア論」よりも、“横に広げる”導線づくりの重要性を教えてくれます。今日まいた種が、いつ芽を出すかは分からない。だからこそ、日々の仕事・生活・家族を“英語”でつなぐ工夫を欠かさない。 その姿勢こそが、AI時代の学びと働き方のヒントなのかもしれません。 英語に関する発信をいろいろされている園さんのSNSをフォローしてあなたも種まきの準備をしてみませんか? Xアカウントhttps://x.com/sono_english noteアカウント その(小河園子)@英語教師|note 気が付くと子どもの英語力がぐんぐん伸びている おうち英語紹介Webページ 『気がつくと子どもの英語力がぐんぐん伸びている おうち英語』 | 学研出版サイト
行動が人生を変える‐太極拳を通して学んだ人生の切り開き方【 インタビュー 中国広州滞在 隈本さん Vol.3】
インタビューさせていただいたのは、中国広州在住の隈本祐子さん。第1章では、駐在に行くかもしれないというパートナーの一言から実際に中国駐在が決まるまでの7年間の思いや、実際に中国に渡航してからの生活立ち上げや焦る思いについてお聞きしました。 第2章では、現地の太極拳のコミュニティに参加した経験について、嬉しかったこと、難しかったこと、努力したことについてお聞きしました。 第1章と第2章はこちらから第1章 海外生活への強い思いと”中国”への戸惑い第2章 地元の太極拳グループに飛び込み参加。先生についていく決意。 最終章では、太極拳を通しての隈本さんの心の変化、太極拳への思いについてお聞きしました。 週5〜7日。太極拳中心の生活へ 太極拳は彼女にとって“生活の中心”になった。 週5〜6日、多いときは週7日。毎日のように練習するうちに、太極拳に向き合う姿勢が変わり、家族の見え方も変わっていった。 子どもたちの視点の変化 日本では仕事をしていた母親が、中国への引っ越しを機に突然「仕事をしない生活」になる。最初、子どもたちは戸惑ったと隈本さんは言う。 「ママ、これから何するの?」「ママが仕事しなかったらご飯食べられないよ!」 子どもたちにとって“いつも働く人”だった隈本さん。しかし毎日家で練習する姿を見せるうちに、子どもたちも変わったという。 「”ママは太極拳の人だよね”って。気付いたら、子供たちが自然に受け入れるようになっていた」と隈本さんは笑う。 *お子さんが太極拳を見学に来た日 旦那さんの反応 当初は現地のコミュニティに入ることを心配していた旦那さんも、「一番中国に溶け込んでるのはママだよね。」といつの間にか受け入れるようになっていたという。 「太極拳のイベントに積極的に参加し、平日に開催されたものには子どもを学校を休ませてまで連れていった。いい経験だと思ったから。」 と、当時を思い出して隈本さんは語る。「”ママすごいじゃん”という表情を見せて夫も笑っていた。」 隈本さんが優しい顔で言った。 「がむしゃらにやってきた結果なのかな。」 教える側へ―Expat Circleでの依頼 太極拳を学びはじめて少したった頃、学ぶだけではなく、「教える」立場になる機会が隈本さんに訪れた。 「海外生活者向けのサークル “Expat Circle” で、ヨガや中国茶など自分の得意なことを教える活動をしている人たちがいて、そこから太極拳講師の依頼がきたけど、最初は不安の方が大きかった」 大好きな太極拳を教えるという突然の機会。 当初の不安な気持ちを隈本さんは語る。 「太極拳って、1回で伝えられるものじゃないし、人に教えるってイメージが湧かなかった。」 隈本さんの表情からも簡単な決断ではなかったことがわかる。 「それでも断らずに挑戦してみたけど、やっぱり1回では伝えきれなかった。続けて教えたいとまでは思わなかったけど、これが”自分はもっと極めたい”と感じるきっかけになった」 学ぶ立場から教える立場になってみたことで、太極拳への思いが強まったと隈本さんは語る。 PTA経由で広がった“文化体験”としての太極拳指導 太極拳への思いが強まったタイミングで、さらに予想外の依頼が隈本さんのもとに舞い込んできた。 学校のPTAで知り合った先生が、彼女が太極拳をしていることを知り、声をかけてきたという。 「総合の授業で日中の懸け橋になる内容をやりたい。外部講師はハードルが高いけど、保護者でできる方がいるのなら…。太極拳を教えてもらえませんか?」 突然の依頼、しかも相手は日本人学校に通う子供たち、もちろん隈本さん自身の子どもたちも。 「すごく嬉しかったけど、不安も大きかった。」 当時の気持ちを隈本さんは振り返る。 「子どもに教えるイメージが持てなくて。太極拳を教えた経験、ほとんどないし。」 迷っていたタイミングで、以前一度だけ開催した太極拳講座を、「全8回の講座」としてやってみることを決めたと隈本さんは当時の様子を語る。 参加者5名、24式太極拳。日にちを固定し、本当にやる気のある人に限定して募集した。申し込み1時間以内に予約満席に。隈本さんの新たな挑戦、”太極拳講座”がスタートした。 言語化の難しさ、参加者の熱意 「最初は、自分の動きを言葉にすることがとても難しかった。」 隈本さんは静かに語る。 「“こんな感じで”といっても伝わらない。右手の動きひとつ説明するのも難しい。」 教えることの難しさを隈本さんは振り返る。 「参加してくれた5人はすごく熱心で。毎回動画を撮ったり、家で練習してきてくれた。」熱意をもって学んでくれたことが嬉しかったと、隈本さんは優しい笑顔で語る。 彼女がどれほど太極拳を大切にしてきたか知っている人たちだったからこそ、参加している方も理解と熱意が強かったようだ。 少しずつ変化があったことを隈本さんが教えてくれた。「靴が太極拳の靴に変わって、服装も少しずつ太極拳仕様になってきた。みんなが楽しむ姿が嬉しかった」 嬉しそうな表情から当時の気持ちが伝わってくる。 最後には全員で動画を撮影し、8回の講座は大成功で終わった。 「こんなふうに広がっていくことに驚きと感動があった。」 嬉しかった気持ちを隈本さんが語る。 「太極拳の仲間にも報告したら、”すごい、よくやってるね!”と温かい言葉をかけてくれて。公園の真ん中に受講生5人を連れていった時も、みんなが温かく迎えてくれた。」… Continue reading 行動が人生を変える‐太極拳を通して学んだ人生の切り開き方【 インタビュー 中国広州滞在 隈本さん Vol.3】
Coffee Breakコラム5 国際女性デー 2026
薄井シンシアさん主催『キャリアブレイクはキャリアエンドではない』を合言葉に集う国際女性デーのイベントも、今年で2回目を迎えました。今年は、SEKAIA株式会社に会場をご提供いただき、3月10日(火)に開催いたしました。国連が定める2026年のテーマは、『Give to Gain』。知識や経験、様々な機会を与え合うこと(Give)によって、新たな出会いとより良い社会の創造を生み出していく(Gain)を目指すことの大切さを考えることを掲げています。
3社で凹んで止まる転職活動、もう終わりにしよう
転職や再就職を考え始めたとき、多くの方が、まず求人を探し、いくつか応募します。そして、こんな状態で立ち止まります。 「とりあえず3社くらい応募してみたんですが、全部落ちてしまって、正直凹んでます。やらないといけないと思ってはいるんですが、気が乗らないんです。」 このような言葉を、ご相談の現場で何度も聞いてきました。 落ちると、正直しんどいですよね。否定されたような気がして、「やっぱり私には無理なのかも」と思ってしまう。今日は、そんな方に向けて、少しだけ現実を一緒に見てみる話をします。 転職活動は「3社で判断できるもの」ではない まず、数字の話をします。 マイナビ転職のデータによると、転職活動者の平均応募社数は約8.4社。 思ったより多いと感じませんか?「2〜3社応募して、様子を見る」そんなイメージを持っている方も多いのですが、実際には、8社以上応募している人が多数派です。 さらに年代別に見ると、41歳以降では、10社以上応募している人が多いという結果も出ています。 つまり、年齢が上がるほど1社ずつ慎重に、というより、ある程度の数を前提に動く。そんな転職の仕方に、自然と変わっていくのです。 そこにはやはり、・書類選考の通過率が下がりやすい・企業側の目線がよりシビアになる・経験があっても、年齢で判断されるそのような状況があるわけです。 ですので、3社応募して、全部落ちたという状態は、「もうダメ」ではなく「やっとスタート地点に立った」くらいの位置。 数字で見ると、そう言えるのです。 へこんでいい。でも止まらないでほしい ここは、とても大事なところなので、しっかりとお伝えしたいのですが、凹んでも、落ち込んでもいいですが、立ち止まらないでください。 転職活動は、自信が満タンになってから始めるものではありません。不安なまま、迷いながら、自信が揺らいだ状態で、それでも動き続けた人だけが、次に進めます。 応募社数は「量」。でも、本質はそこではない だからと言って「とにかく数を打て」と言いたいわけではありません。応募社数は、たしかに量です。でも、その裏側で何が起きているかというと、 1社応募するために、・私たちはこれまでの仕事を振り返り・自分の強みの言語化・なぜこの会社で働きたいのかを考える・どんな働き方をしたいのかを問い直す このように、かなりエネルギーを使いますよね。 だから、3社で疲れてしまう人が多いと思っています。それは、本気で向き合っている証拠です。ただ、考えたまま止まってしまうのは、正直もったいない。そう思うんです。 判断軸があると、迷い方が変わる ここで大事になるのが、判断軸です。 ☆私は、働く上で何を大事にしたいのか☆どんなあり方で仕事をしたいのか☆何を守って、何を手放すのか これが言葉になっていると、迷ったときに立ち戻る場所ができます。 落ちた経験は、振り返ることで次につなげる 面接で落ちると、メンタルは削られます。一旦、落ち込んでいいと思います。ただ、そこで終わらせないでほしい。誰かに話す。振り返る。次の作戦を立てる。アクションを起こしてほしいんです。 応募する仕事の方向性や、応募書類でさらに工夫できる点、面接で伝え方を変えられそうなところ等、これを一つずつ整理していくことが、次につながる推進力になります。 地味ですが、これは立派なPDCAです。転職活動は、実はあなたを成長させ、未来を拓く力を付ける、そんな活動でもあるんです。 転職活動で、あなたの価値の全てが決まるわけではない 最後に、これだけはお伝えしたい。 転職活動で、あなたの価値が全て決まるわけではありません転職活動は、応募した会社との相性を確かめる場です。 別な見方をすると、落ちた、その会社はあなたとは合わないんです。応募した会社側が、そう判断した結果とも言えます。なので、合わない場所に行かずに済んだ、という見方もできると思っています。 しっかり準備をして、前に向かって歩んでほしい。そう思っています。 ※キャリアブレイク前後のご相談(離職・転職など)・人間関係など、幅広くご相談を承っております。詳しくはこちらのHPをご参照ください。納得の未来を支えるキャリアコンサルタント・三橋久美子のHP ※キャリアブレイクからの復職や転職をお考えの方は、是非「キャリア・リスタート準備度チェック 〜 私らしく働くための第一歩 〜」を実施してください。ご自分がどのくらい準備が整っているか、知ることができますよ! ※日々の家事や家族サポートを「見えるかたち」にまとめました。「家庭運営マネージャーの職務要約~主婦業のリアルディスクリプション~」・再就職に向けて、これまでの経験を整理したい方・ 面接や履歴書で「主婦業をどう伝えればいいか」悩んでいる方・ 自己理解やキャリアの棚卸しをしたい方そんなあなたに、おすすめの1枚です。 ※毎週土曜日朝6:00~voicyでも皆様にキャリア・終活・お金・女性特有の体調(フェムケア)についてお伝えしています。後からも聞くことができますので、是非お耳をお貸しください。40代から人生を変えるラジオ/ミアビータ・アーカイヴ一覧40代から人生を変えるラジオ/voicyチャンネル
第10回ゲスト 平野桃子さん
【Experience never gets old:経験は色褪せることなく、いつまでも価値があるもの】
夫の海外赴任に帯同した時も、勇気を振り絞って、街の不動産屋さんの門戸を叩きました。家族のためを思って日本での仕事を諦めて海外赴任に帯同しましたが、前職の後輩が昇進した話を聞いたり、進行中の案件の話を聞くと、あー、私は仕事が好きだったのだなと気付きました。英国で思い切って働いたからこそ見えた景色があったし、英語力も上がり、この経験は自分にとって貴重だったと感じています。
2026年、再就職を考えるなら「仕事を具体で見る」
1日は、「自分の人生を大切に扱う人が増えてほしい」という話を書きました。 2日は、「私の経験を、強みとして言葉にしていく」という視点をお伝えしました。 三が日の最後は、再就職を考えるうえで欠かせない「仕事理解」についてお伝えしたいと思います。 再就職でつまずきやすい理由は、「仕事が見えていない」こと 再就職を考え始めると、多くの方がまず求人票を見ます。 けれど、面談の現場では、こんなお声をよく耳にします。 「どんな仕事なのか、正直よく分からないまま応募していました」 これは、ご本人の努力不足ではありません。仕事を“職種名”でしか見ていないことが原因です。 また、仕事を役割の集合体として捉えることが大切だと考えています。 その視点を形にしたのが、以前ブログで公開した「家庭運営マネージャーの職務要約― 主婦業のリアルディスクリプション ―」です。 (参考)主婦業にも“職務経歴書”を。家庭運営を「見える化」するジョブディスクリプション このページでは、家庭という場を一つの組織と見立て、 スケジュール管理 お金や資源の管理 関係者(家族)との調整 突発的なトラブルへの対応 長期的な視点での判断 といった役割を、「業務」として分解しています。 ここでお伝えしたかったのは、「主婦業はすごい」ということだけではありません。 仕事とは、そもそもこうやって成り立っているという視点です。 仕事を具体で見ると、選択肢は広がる 仕事を役割で捉えられるようになると、再就職の見え方が変わります。 たとえば、 「未経験だから無理」と思っていた仕事も、 どんな役割があるのか どんな判断が求められるのか を見ていくと、 「この部分なら、経験があるかもしれない」 と感じられることがあります。 これは、自分を過大評価しているわけでも、無理に当てはめているわけでもありません。 仕事を具体で理解した結果です。 自己理解と仕事理解は、セットで考える 再就職には、自己理解と仕事理解の両方が欠かせません。 自分は、どんな判断をしてきたのか どんな役割を担ってきたのか それは、どんな仕事の中で活かせそうか このすり合わせができると、再就職は「運任せ」ではなくなります。 そのために、ジョブディスクリプションという考え方はとても有効です。 2026年は、「知るところから」始めてもいい 2026年、いきなり応募しなくても大丈夫です。 まずは、 世の中の仕事を、役割で見てみる 自分の経験を、役割として整理してみる 仕事内容を具体的に想像する視点を持つ ここから始めるだけでも、再就職への不安は、少しずつ形を変えていきます。 この3日間でお伝えしてきたのは、 ご自分の生きてきた歩み=キャリアを大切に扱ってほしいこと 経験は、すでに強みの芽になっていること 再就職は、自己理解と仕事理解から整えていけること 今年もここで、キャリアの話を書いていきます。 2026年が、ご自分の経験と、世の中の仕事を丁寧につなぎ直す一年になりますように。 ※キャリアブレイク前後のご相談(離職・転職など)・人間関係など、幅広くご相談を承っております。詳しくはこちらのHPをご参照ください。納得の未来を支えるキャリアコンサルタント・三橋久美子のHP ※キャリアブレイクからの復職や転職をお考えの方は、是非「キャリア・リスタート準備度チェック… Continue reading 2026年、再就職を考えるなら「仕事を具体で見る」
2026年、私の経験を“強み”として言葉にしていく
昨日は『自分のキャリアを大切に扱う人が増えてほしい』そんなお話しをしました。 今日はその続きとして、「これまでの経験を、どう扱えばいいのか」について考えてみたいと思います。 経験は勝手に強みにはならない 子育て、介護、家庭の事情。仕事から少し距離を置いた時間を過ごしてきた方の多くが、こんなふうにおっしゃいます。 「経験はあるけれど、強みと言えるほどのものではない気がします」 この感覚はとても自然です。 なぜなら、経験は ただ積み重ねただけでは、強みとして認識されにくいからです。 強みは、「何をしたか」より「どう向き合ってきたか」 強みというと、資格や実績、スキルのような分かりやすいものを思い浮かべがちです。 でも、私が再就職や転職の現場で見てきたのは、強みの正体は、行動の中身というよりも“姿勢”に近いということです。 たとえば、 何を優先するかを考えてきたこと 状況に合わせてやり方を変えてきたこと 誰かの立場を想像しながら判断してきたこと こうした積み重ねは、外からは見えにくいけれど、確実にその人の中に残っています。 経験を強みに変える第一歩は「切り取る」こと いきなり「私の強みは〇〇です」と言葉にしなくて大丈夫です。 まずは、こんな問いをご自分にしてみてください。例えば次のようなことです。 大変だったけれど、何とか回してきたことは何か 判断に迷った場面で、最終的に何を大切にしたか 繰り返し頼られていた役割は何だったか ここには、その人らしい考え方や行動の癖が表れています。 経験を“全部まとめて”評価しようとしなくていい。まずは一部分を切り取るだけで、十分なのです。 言葉にできた経験は、次の選択を支えてくれる 経験を言葉にするというのは、誰かに説明するためだけのものではありません。 自分自身が、 何を大切にしてきたのか どんな場面で力を発揮してきたのか を理解するための作業でもあります。 これができると、「何が向いているか分からない」状態から、少しずつ抜け出せるようになります。 強みは、自信満々に語れるものである必要はありません。 むしろ、 当たり前すぎて自分では気づいていないこと 長くやってきたから軽く扱っていること の中に、その人ならではの価値が隠れています。 2026年は、これまでの経験を価値として丁寧に拾い直す年にしてみませんか。 ※キャリアブレイク前後のご相談(離職・転職など)・人間関係など、幅広くご相談を承っております。詳しくはこちらのHPをご参照ください。納得の未来を支えるキャリアコンサルタント・三橋久美子のHP ※キャリアブレイクからの復職や転職をお考えの方は、是非「キャリア・リスタート準備度チェック 〜 私らしく働くための第一歩 〜」を実施してください。ご自分がどのくらい準備が整っているか、知ることができますよ! ※日々の家事や家族サポートを「見えるかたち」にまとめました。「家庭運営マネージャーの職務要約~主婦業のリアルディスクリプション~」・再就職に向けて、これまでの経験を整理したい方・ 面接や履歴書で「主婦業をどう伝えればいいか」悩んでいる方・ 自己理解やキャリアの棚卸しをしたい方そんなあなたに、おすすめの1枚です。 ※毎週土曜日朝6:00~voicyでも皆様にキャリア・終活・お金・女性特有の体調(フェムケア)についてお伝えしています。後からも聞くことができますので、是非お耳をお貸しください。40代から人生を変えるラジオ/ミアビータ・アーカイヴ一覧40代から人生を変えるラジオ/voicyチャンネル
