音楽とご縁が導いた国境を越えるキャリア:AOMビザコンサルティング代表足利弥生さん

Hi there! Welcome to my blog. こんにちは、Sachikoです。 英語を「話せるスキル」で終わらせず、どうキャリアにつなげ、どう人生に活かしていくのか。このブログでは、英語を軸に自分らしい道を切り拓いてきた方々の、等身大の経験と選択をお届けしています。 今回ご紹介するのは、AOMビザコンサルティング代表の足利弥生(弥生さん)さんです。 幼少期をアメリカで過ごし、音楽大学でピアノを学んだ後、IT企業、オーストラリア大使館、外資系金融機関を経て起業という、ユニークなキャリアを歩んでこられました。現在はオーストラリアを中心としたビザコンサルティングを手がけ、多くの方の海外挑戦をサポートされています。 一見すると異なる分野を渡り歩いてきたように見える弥生さんですが、そのキャリアの背景には「海外への憧れ」と「人とのご縁」そして「音楽」という一貫したテーマがありました。今回は、これまでの歩みや海外移住に対する思い、そしてこれからの時代を生きる若い世代へのメッセージを伺いました。 海外への憧れは幼い頃から 弥生さんは4歳頃までアメリカで過ごした帰国子女です。記憶自体はあまり残っていないそうですが、英語教育に熱心だったお父様の影響は大きかったといいます。 また、お母様が音楽大学出身だったことから、自身も自然と音楽の道へ。幼い頃からピアノに親しんできました。 ピアノと英語を両立しながら「いつか海外へ行きたい」という思いを育んでいったそうです。 そして26歳のとき、その夢を実現するためにニュージーランドへワーキングホリデーに出発します。 当初は、就労が可能な国という条件でオーストラリアを考えていたのですが、ビザの発給上限に達してしまって申請できず、急遽ニュージーランドに行くことになったそうです。 当時は今ほどインターネットが普及しておらず、海外で働く方法としてワーキングホリデーが最も現実的な選択肢でした。 帰国後のキャリアも見据えて旅行主任者資格を取得し、現地ではホスピタリティ業界で活躍。ピアノ演奏ができる観光ガイドとして人気を集めたこともあったそうです。 音楽から移民政策の世界へ ニュージーランドから帰国後、弥生さんのキャリアは思いがけない方向へ進みます。 オーストラリア大使館のイミグレーション部門で働くことになったのです。 当時は電子渡航認証(ETA)の導入期で、大使館は多忙を極めていました。そこに帰国のタイミングが重なったそうです。 ビザ審査官として多様な国籍や背景を持つ人々と向き合う中で、日本がいかに平和で恵まれた国であるかを実感すると同時に、オーストラリアの移民政策と日本の人口問題について深く考えるようになったそうです。 その関心は学び直しにもつながります。大使館の図書館で出会った移民政策の専門書がきっかけとなり、働きながら慶應義塾大学法学部で学位を取得されました。 グローバル企業を経て起業へ その後、弥生さんは大使館からリーマンブラザーズ証券会社へ転職します。 グローバル企業の人事部門で経験を積む中で、ビザに関する専門知識が大いに活かされました。さらにEU系投資銀行でもHR(人事)業務に携わり、国際的なビジネス環境を学び続けます。 興味深かったのは、新たな転職や挑戦の多くが「人とのつながり」から生まれていたことです。 思いがけない破綻により、後に起業を決意したのも、大使館時代の元同僚からの提案がきっかけだったといいます。 「自分一人では思いつかなかったと思います」 そう語る弥生さんの言葉からは、人との出会いを大切にする姿勢が伝わってきました。 海外移住から見える日本の未来 15年以上ビザコンサルティングに携わる中で、弥生さんは日本の将来に強い問題意識を持つようになりました。特に、高度なスキルを持つ人材が海外へ活躍の場を求める傾向や、リモートワークの普及によって富裕層や専門職、起業家などの海外移住のハードルが下がっていることを懸念しています。 一方で、若い世代の海外志向は以前ほど高くないと感じており、「海外を知らなければ成長の機会を逃し、将来のイノベーションも生まれにくくなる」と指摘します。 また、人口減少が進む日本では、長期的な視点に立った人口政策が不可欠だと考えています。既存のビザ制度を戦略的に活用し、人材獲得や地域活性化につなげる仕組みづくりが必要だと訴えます。 著書『海外移住は人生や社会にイノベーションを起こす』では、日本人の海外移住の現状、日本の人口政策、そしてオーストラリアの可能性という3つのテーマを発信しています。 海外経験は個人のキャリアの幅を広げるだけでなく、新たな視点や価値観をもたらし、社会やビジネスのイノベーションにつながる――。そんな弥生さんの強い信念が伝わってきました。 女性だからこそ広がる可能性 女性のキャリアについて、弥生さんは「女性のほうが好奇心旺盛な方が多いように感じます」と語ります。海外経験は、自身のキャリアや生き方を前向きに見つめ直すきっかけになることも少なくありません。 日本では出産や育児との両立など、女性が直面する課題も依然としてあります。だからこそ、「もっと世界に出て、多様な経験を積んでほしい」と弥生さんはエールを送ります。大切なのは、自ら行動し、人とのつながりを広げること。そして目標と時間軸を持ちながら、一歩ずつ前に進むことだといいます。 また、女性同士だけのコミュニティにとどまらず、幅広い世代や多国籍の人々との交流を通じて、本当に関心のあることを見つけることで、自分らしいキャリアの方向性が見えてくると話してくれました。 最後に 弥生さんのお話を伺っていて印象的だったのは、「ご縁」という言葉が何度も出てきたことでした。 音楽、海外経験、学び直し、転職、そして起業。一つひとつの出会いを大切にしながら、自らも準備と努力を重ねてきたからこそ、現在のキャリアにつながっているのだと思います。 「マニュアルはない。自ら行動し、ネットワークを築くことが大切。」 その言葉は、海外に挑戦したい人だけでなく、これから新しい一歩を踏み出そうとしている私たち全員へのエールにも聞こえました。 弥生さん、貴重なお話をありがとうございました。 弥生さんの著書についてのご案内は下記のリンクをチェックしてください。 「海外移住は人生や社会にイノベーションを起こす」~日本を超えて描く自由な未来~  書籍 出版のご案内 | オーストラリア・ニュージーランド・アメリカ・ドバイ・イタリアビザ AOM… Continue reading 音楽とご縁が導いた国境を越えるキャリア:AOMビザコンサルティング代表足利弥生さん

薄井シンシアさんの著書『専業主婦が就職するまでにやっておくべき8つのこと』がフリーランスの私にヒントをくれた

私は1歳の娘を育てながら、大分で暮らしています。 リモートでできる仕事を中心に、企業や個人の方から業務委託をいただいています。 数年前まで東京で会社員をしていたのですが、結婚・妊娠・地方移住をきっかけに、フリーランスという働き方を選びました。 今日は、そんな私のこれからにヒントをくれた一冊の本の話を書きたいと思います。 《目次》 自分の選択が「中途半端」に感じていた 私の周りの友人たちを見渡すと、みんなそれぞれの場所で自分の道を歩んでいます。 東京や福岡で会社員として働いている方も多いし、子育てに集中したく専業主婦を選んだ方もいる。 そんな中で、地方でフリーランスをしている私は、自分の立ち位置や肩書がふわっとしていると感じることがよくあります。 そんなとき、 「そうだ、シンシアさんの本を読もう」 と家にあったシンシアさんの本を改めて読み返すことにしました。 もう一度ちゃんと開いて、自分が今感じていることを整理してみたい。 この本の中では、専業主婦が再就職するにあたって何をしておくべきか、ご自身の経験から8つのポイントが書かれています。 私は専業主婦ではないけれど、今の自分の働き方や暮らしに重ねながら読むと、たくさんのヒントがありました。 特に心に留めた、3つのこと シンシアさんが書かれている8つのことはどれも大事な視点なのですが、その中でも私が特に心に留めたのは、次の3つでした。 ① 「専業主婦」を長い人生のなかの「キャリア」と位置づける シンシアさんは、専業主婦としての期間を「キャリアの中断」ではなく、長い人生のなかのひとつの「キャリア」として位置づけていました。 これを読んで、今の自分の働き方にもそのまま重なると思いました。 私は、「完全にキャリアを中断している」とは思っていませんが、「会社員を辞めている」という点では、遅れをとっている気がしていました。 でも私はこの働き方を、自分で選びました。 この期間も、私の人生のストーリーのなかで大事な時間になるはず。 そう信じて、あとから振り返ったときに「あの時こうしておけばよかった」と後悔しないように、未来のために小さな積み重ねをしておきたい。 シンシアさんの言葉を読んで、その気持ちを改めて確かめることができました。 ② PTA、地域ボランティアに参加する シンシアさんは、専業主婦の期間に地域のPTAやボランティアに積極的に関わることを勧めています。 これも、地方に移住してきた私には、すごく腑に落ちる話でした。 つい先日、近所にある奈多八幡宮の松林の清掃活動に参加してきました。 アメリカのインターナショナルスクールの生徒さんたちが来てくれて、地元の方と一緒に松林の枯葉を掃除する取り組みです。 こういう場で出会う方々とのつながりは、会社の名前でつながっているわけではないんですよね。人と人が繋がる場所です。 そこにある関係には、会社員時代に感じたものとはまた違う、心強さと豊かさがあると感じます。 また、「人とのつながりが人生を変える」ことを最近特に実感しているので、今後も大切にしていきたいことです。 ③ 目標を達成することで、自分で自分を評価し、自信をつける 本のなかでは、自分でゴールを決めて達成する大切さが書かれています。 私の場合は、今の仕事においても、家庭においても、これを改めて心がけていきたい。 私の人生には、これからもいくつかのフェーズがあります。 仕事をしながら1歳の娘と過ごす今のフェーズ、娘が小学校に通うフェーズ、娘が自立しだんだんと手離れしていくフェーズ。 それぞれの場面で、無理のない範囲で小さく積み上げていく。ときには苦手なことに挑戦しながら。 その積み重ねが、5年後、10年後に振り返ったときに後悔のないものでありたい。そしてその先で、私がしたいこと(自分の会社のことかもしれないし、会社員に戻りたいというものかもしれない)にちゃんとつながるように、今の歩みを大事にしたいと思っています。 私に足りなかったのは「規則正しい生活」 シンシアさんはこの本のなかで、「時間に忠実に、規則正しく生活する」ことの大切さも繰り返し触れています。 正直なところ、今の私には本当に耳が痛いところです。 1歳の娘との毎日は、娘次第。 何時に起きるか、いつぐずるか、いつ寝てくれるか… 思い描いたスケジュール通りに動けないのは、娘が全部悪いわけではなく、自分が自分に甘いところもあるのだとも思っています。 「シンシアさんが書かれているような規則正しい生活は全然できていない」と改めて反省しました。 でも本を読んでいると気づくのです。 「シンシアさんは娘さんが小学校に通っているときのことを言っているかも」 完璧な規則正しさは、娘がもっと大きくなったらやればいい。 今は、できる範囲で仕事を受ける、地域や家族のために動く。それで十分かも。 これは、本を読んで私が勝手に解釈したことです。… Continue reading 薄井シンシアさんの著書『専業主婦が就職するまでにやっておくべき8つのこと』がフリーランスの私にヒントをくれた

何歳でも英語で人生を変えられる:英語コーチきなこさん

Hi there! Welcome to my blog. こんにちは、Sachikoです。 英語を「話せるスキル」で終わらせず、いかにしてキャリアへとつなげていくのか。このブログでは、英語を軸にキャリアを切り拓いてきたSachikoが、第一線で活躍する“英語の達人”たちに、そのリアルな秘訣を伺っています。 今回のゲストは、Xフォロワー5.9万人を誇る英語コーチ、「きなこ」さんこと伊藤さなえさん。 きなこさんは、名古屋大学の後輩で私と同じく公務員経験をお持ちです。様々な経験を経て、現在は起業を果たされ、学研より『ひとめでわかる!英語ビジュアルマップ』を上梓されるなど、英語学習の分野で注目を集める存在です。 しかし、現在に至るまでの道のりは、決して華やかな成功物語ではありませんでした。思うように進まない現実の中で、数々の選択と葛藤を重ねながら、「自分は何者で、何をやりたいのか」を問い続けてきました。 迷いや挫折を経験したからこそ見えてきた、“今の自分”へとたどり着くまでの道のりとは。 素直さと人とのご縁を何より大切にしながら、一歩一歩前へと進んできたきなこさん。その軌跡と胸の内を、じっくりと伺いました。 学生時代から芽生えていた、言語学への興味 ――英語学習はいつ頃から始められたのでしょうか? 近所に英会話スクールがあって、子どもの頃から通っていました。当時は英語の名前をつけられるのが少し恥ずかしくて、「Susie」と呼ばれることに違和感を覚えていましたね。「私はSusieじゃないのに」って(笑)。それでも、自然と英語に触れられる環境が身近にあったのは大きかったと思います。 ――名古屋大学では言語学を専攻されていますが、学生の頃から英語は得意だったのですか? 実は、英語でのコミュニケーション自体はあまり得意ではありませんでした。ただ、中学・高校の頃に文法や構文を読み解くことが本当に面白くて。難しい文章を一つひとつ分析して理解していくプロセスに、気づけば夢中になっていました。その延長線上に、言語学という専攻があったんです。 その後、日本大学の通信制課程で教員免許を取得し、日本語教師の資格も取りました。日本語教師養成の過程で初めて第二言語習得理論を体系的に学んだのですが、これは今の英語指導にダイレクトに生きています。言語学で学んだ知識も、たとえば時制(出来事の時間的な位置)とアスペクト(出来事の状態・進み方)の違いなど、学習者がつまずきやすいポイントを見極めるうえで大きな助けになっていますね。 公務員という「安定」から、一歩踏み出す決断 ――大学卒業後は国家公務員になられたそうですね。 はい。大学に通いながら、予備校で公務員試験の勉強をしていました。当時はまだ国立大学職員が国家公務員だったんです。今は独立行政法人に変わっていますけど。名古屋大学に就職して、いわゆる安定した道を歩み始めました。 ――そこから、その安定を手放す決断をされたのですよね。 そうなんです。最初の配属先で、英語を使う機会が多かったのですが、それがすごく楽しくて。コミュニケーションの面白さに初めて気づきました。そこから英会話教室にも通い始めて、「英語を突き詰めて仕事にできたら楽しそうだな」と思うようになったんです。 ただ、公務員だと3〜4年ごとに異動があるため、せっかく磨いた英語力を、次の配属先で生かせるかどうかは分からない。「もっと英語を深く学びたい」「これを仕事にしたい」という思いが、だんだん強くなり留学したいという気持ちにつながりました。 ――カナダ留学を決意したとき、怖さはありませんでしたか? 正直、ものすごく怖かったです。名古屋大学を出て国家公務員になって、周囲からはうらやましがられるようなレールに乗っている状態から脱線するのは勇気がいりました。また、実家が裕福ではなかったので、現実的な不安も大きかったですね。ただ、今だから言えるのは、「決断してよかった」ということです。もちろん、その後は苦労の連続で、途中で自分の決断を呪ったことも何度もありました(笑)。それでも、その経験があったからこそ、今の自分がある。そのすべてが、いまの原動力になっているんじゃないかなと思います。 カナダ留学で得たもの ――カナダ留学で得たものは何ですか? 一番大きかったのは、価値観が大きく変わったことですね。私はこれまで、何かしらの「型」や組織に属して生きるのが得意なタイプだったんです。でもカナダでは、どこにも所属していなくても、きちんと自分を評価してくれて、自然に仲良くなれる人たちがいると知りました。 学歴や職歴、年齢といった肩書きで判断されることがほとんどなくて、「その人自身」を見てくれる。だからこそ、何歳になってもチャレンジしていいんだ、という感覚を持てるようになりました。 帰国直後に待っていた、試練の時間 ――帰国後の就職活動は順調でしたか? それが、帰国したのがちょうどリーマン・ショックの時期だったんです。本当に最悪のタイミングでしたね。TOEICは985点まで伸びていましたし、英語も話せるようになっていたので、「就職は何とかなるだろう」と思っていたのですが、そもそも求人がほとんどなくて。 公務員の経歴は民間ではあまり評価されないと分かっていたので、派遣から始めようと考えていました。でも、それもなかなかうまくいかず、ようやく決まった外資系企業のお仕事もしばらくして事業縮小でなくなってしまいました。さらにその頃、結婚を考えていた相手との別れも重なってしまって。失業と失恋が同時に来て、軽く引きこもっていました。 ――そこから、どうやって立ち直られたのでしょうか? 正直、その時点では「自信があるのは公務員試験にパスするスキルだけ」でした。だから名古屋市の学校事務職員試験を、年齢制限ギリギリで受けて、何とか滑り込みました。 ただ、いざ安定すると、また「やっぱり英語の仕事がしたい」という気持ちが湧いてきたんです。そのころには、結婚もして、すでに30代になっていました。 ここから何ができるのかを考えて、まずは教員免許を取ってみようと思いました。33〜34歳の頃、日本大学の通信教育課程に入学したんです。教員免許を取るまでには思ったより時間がかかってしまったのですが。 転機を呼び込んだ「ご縁」と「素直さ」 ――英語を軸にキャリアを切り開いていこうと決心された、ターニングポイントはどこにありましたか? 小学校での仕事を通じて、偶然が重なり英語を使う機会が少しずつ増えてきた頃、転職サイトを見るようになったんです。そこで見つけたのが名古屋大学の国際労務担当の研究員のお仕事でした。学位は不要で、学士号があり、TOEIC900点以上の実力があれば応募できるという条件だったんです。 英語力だけでなく専門性も求められる仕事だったので、決して楽ではありませんでしたが、研究員として働く日々はとても充実していました。 研究員の期間中に出産も経験し、産休・育休中に教育実習をこなしてようやく教員免許を取得することができました。 研究員の任期が終わる予定だった時には、「特殊な業務を担当しているから、ぜひ引き続き残ってほしい」と声をかけていただいて。仕事へのやりがいも強く感じていました。 ただ、ここでまた私の悪い癖が出てしまって(笑)。「任期がいつ終わるかわからないこの状況のままでいいのかな」と迷った末に研究員の仕事を離れ、名古屋市立大学の準公務員試験を受けて、再び“安定”の道を選んでしまったんです。 結局、その安定も、最終的には子育てとの両立が難しくなり、夫との関係がうまくいかなくなったことで終わりを迎えました。その後、専業主婦となり、「何か自分でできることはないか」と思い、ブログを書き始めたんです。 ――難しい局面で周囲のアドバイスを上手に生かしていらっしゃいますよね。 私自身、かなり素直なタイプなんだと思います。誰かに「これをやったらうまくいくよ」と勧められて、そこにある程度納得できるロジックが見えたら、まずは試してみるようにしてきました。例えば、あるブログの先生から「文章がうまいから、X(旧Twitter)をやったほうがいいよ。1万人くらいすぐいくと思う」と言われたことがあって。「いやいや、さすがに無理ですよ」と思いながらも、少しおだてられて始めてみたら、本当に半年でフォロワーが1万人を超えたんです。 そうしたアドバイスを信じて動いてみたこと、そして人とのご縁が重なったことで、結果として道が開けていったのだと思います。 英語コーチとしての独立 ――英語コーチになったきっかけは何だったのでしょうか? X(旧Twitter)のDMを通じて、英語コーチング企業からスカウトをいただいたのがきっかけでした。詳しく話を聞いてみると、子どもが寝たあとでも仕事ができて、通勤も不要。日中は確かに仕事が少ないのですが、その時間を使って添削作業ができる。「これはすごく育児と相性がいい働き方だな」と感じたんです。 当時は、専業主婦をしながらXをしていただけでした。育児の合間にSNSを続けつつ、同時に国家資格キャリアコンサルタントの勉強も始めていました。 ――キャリアコンサルタントの資格を取ろうと思われた理由は?… Continue reading 何歳でも英語で人生を変えられる:英語コーチきなこさん

行動が人生を変える‐太極拳を通して学んだ人生の切り開き方【 インタビュー 中国広州滞在 隈本さん Vol.3】

インタビューさせていただいたのは、中国広州在住の隈本祐子さん。第1章では、駐在に行くかもしれないというパートナーの一言から実際に中国駐在が決まるまでの7年間の思いや、実際に中国に渡航してからの生活立ち上げや焦る思いについてお聞きしました。 第2章では、現地の太極拳のコミュニティに参加した経験について、嬉しかったこと、難しかったこと、努力したことについてお聞きしました。 第1章と第2章はこちらから第1章 海外生活への強い思いと”中国”への戸惑い第2章 地元の太極拳グループに飛び込み参加。先生についていく決意。 最終章では、太極拳を通しての隈本さんの心の変化、太極拳への思いについてお聞きしました。 週5〜7日。太極拳中心の生活へ 太極拳は彼女にとって“生活の中心”になった。 週5〜6日、多いときは週7日。毎日のように練習するうちに、太極拳に向き合う姿勢が変わり、家族の見え方も変わっていった。 子どもたちの視点の変化 日本では仕事をしていた母親が、中国への引っ越しを機に突然「仕事をしない生活」になる。最初、子どもたちは戸惑ったと隈本さんは言う。 「ママ、これから何するの?」「ママが仕事しなかったらご飯食べられないよ!」 子どもたちにとって“いつも働く人”だった隈本さん。しかし毎日家で練習する姿を見せるうちに、子どもたちも変わったという。 「”ママは太極拳の人だよね”って。気付いたら、子供たちが自然に受け入れるようになっていた」と隈本さんは笑う。 *お子さんが太極拳を見学に来た日 旦那さんの反応 当初は現地のコミュニティに入ることを心配していた旦那さんも、「一番中国に溶け込んでるのはママだよね。」といつの間にか受け入れるようになっていたという。 「太極拳のイベントに積極的に参加し、平日に開催されたものには子どもを学校を休ませてまで連れていった。いい経験だと思ったから。」 と、当時を思い出して隈本さんは語る。「”ママすごいじゃん”という表情を見せて夫も笑っていた。」 隈本さんが優しい顔で言った。 「がむしゃらにやってきた結果なのかな。」 教える側へ―Expat Circleでの依頼 太極拳を学びはじめて少したった頃、学ぶだけではなく、「教える」立場になる機会が隈本さんに訪れた。 「海外生活者向けのサークル “Expat Circle” で、ヨガや中国茶など自分の得意なことを教える活動をしている人たちがいて、そこから太極拳講師の依頼がきたけど、最初は不安の方が大きかった」 大好きな太極拳を教えるという突然の機会。 当初の不安な気持ちを隈本さんは語る。 「太極拳って、1回で伝えられるものじゃないし、人に教えるってイメージが湧かなかった。」 隈本さんの表情からも簡単な決断ではなかったことがわかる。 「それでも断らずに挑戦してみたけど、やっぱり1回では伝えきれなかった。続けて教えたいとまでは思わなかったけど、これが”自分はもっと極めたい”と感じるきっかけになった」 学ぶ立場から教える立場になってみたことで、太極拳への思いが強まったと隈本さんは語る。 PTA経由で広がった“文化体験”としての太極拳指導 太極拳への思いが強まったタイミングで、さらに予想外の依頼が隈本さんのもとに舞い込んできた。 学校のPTAで知り合った先生が、彼女が太極拳をしていることを知り、声をかけてきたという。 「総合の授業で日中の懸け橋になる内容をやりたい。外部講師はハードルが高いけど、保護者でできる方がいるのなら…。太極拳を教えてもらえませんか?」 突然の依頼、しかも相手は日本人学校に通う子供たち、もちろん隈本さん自身の子どもたちも。 「すごく嬉しかったけど、不安も大きかった。」 当時の気持ちを隈本さんは振り返る。 「子どもに教えるイメージが持てなくて。太極拳を教えた経験、ほとんどないし。」 迷っていたタイミングで、以前一度だけ開催した太極拳講座を、「全8回の講座」としてやってみることを決めたと隈本さんは当時の様子を語る。 参加者5名、24式太極拳。日にちを固定し、本当にやる気のある人に限定して募集した。申し込み1時間以内に予約満席に。隈本さんの新たな挑戦、”太極拳講座”がスタートした。 言語化の難しさ、参加者の熱意 「最初は、自分の動きを言葉にすることがとても難しかった。」 隈本さんは静かに語る。 「“こんな感じで”といっても伝わらない。右手の動きひとつ説明するのも難しい。」 教えることの難しさを隈本さんは振り返る。 「参加してくれた5人はすごく熱心で。毎回動画を撮ったり、家で練習してきてくれた。」熱意をもって学んでくれたことが嬉しかったと、隈本さんは優しい笑顔で語る。 彼女がどれほど太極拳を大切にしてきたか知っている人たちだったからこそ、参加している方も理解と熱意が強かったようだ。 少しずつ変化があったことを隈本さんが教えてくれた。「靴が太極拳の靴に変わって、服装も少しずつ太極拳仕様になってきた。みんなが楽しむ姿が嬉しかった」 嬉しそうな表情から当時の気持ちが伝わってくる。 最後には全員で動画を撮影し、8回の講座は大成功で終わった。 「こんなふうに広がっていくことに驚きと感動があった。」 嬉しかった気持ちを隈本さんが語る。 「太極拳の仲間にも報告したら、”すごい、よくやってるね!”と温かい言葉をかけてくれて。公園の真ん中に受講生5人を連れていった時も、みんなが温かく迎えてくれた。」… Continue reading 行動が人生を変える‐太極拳を通して学んだ人生の切り開き方【 インタビュー 中国広州滞在 隈本さん Vol.3】

Coffee Breakコラム5 国際女性デー 2026

薄井シンシアさん主催『キャリアブレイクはキャリアエンドではない』を合言葉に集う国際女性デーのイベントも、今年で2回目を迎えました。今年は、SEKAIA株式会社に会場をご提供いただき、3月10日(火)に開催いたしました。国連が定める2026年のテーマは、『Give to Gain』。知識や経験、様々な機会を与え合うこと(Give)によって、新たな出会いとより良い社会の創造を生み出していく(Gain)を目指すことの大切さを考えることを掲げています。

「心に響くパフォーマンスを追い求めて」バイリンガルアナウンサー・野口美穂さん

Hi there! Welcome to my blog. こんにちは、Sachiko です。 英語はあなたのキャリアにどんな影響を与えていますか?どうすれば「キャリアの武器になる英語」を身につけられるのでしょうか? 英語を軸にキャリアを紡いできたSachiko が、英語の達人のみなさんにその秘訣を伺います。 今回ご紹介するのは、バイリンガルフリーアナウンサーとして知られる野口美穂さんです。岐阜県に拠点を置きながら、英語を武器にグローバルな舞台で活躍されています。 愛知国際放送(Radio-i)で日英バイリンガルニュースアナウンサーや番組パーソナリティーを務めた後、国際カップルの披露宴や、国際会議、企業のグローバルイベントでのバイリンガルMC、ステージ通訳など、活動の幅を広げてこられました。さらにGoogleマップのカーナビ音声を担当したことでも知られています。 また、全米No.1セレブリティボイスコーチ Roger Love氏の認定ボイスコーチ資格を取得し、近年は「世界で活躍する人のためのバイリンガル英語スピーキング指導」にも力を入れていらっしゃいます。 今回は、キャリアの歩み、英語との出会い、バイリンガルアナウンサーという新たな職域を切り開くまでの道、そして子育てと仕事の両立について、じっくりとお話を伺いました。 バイリンガルアナウンサーという仕事 ――まず、「バイリンガルアナウンサー」とはどのようなお仕事なのでしょうか? 実は、先人の方はいらっしゃるんですけれど、私の場合は“自称”というのが正しいんです(笑)。ラジオでアナウンサーをしていたこともあり、「MC、バイリンガル司会、モデレーター、パブリックスピーカー」など、スピーキングを軸にする職業を分かりやすくするために自分のことを “バイリンガルアナウンサー”と呼んでいます。ただ、英語では“アナウンサー”という言い方はせず、professional speaker, emcee, moderatorと名乗っています。  英語との出会い ―― 高校時代の留学が原点 ――高校時代のアメリカ留学が大きなきっかけだったのでしょうか? AFSの交換留学でメリーランド州の公立高校に通ったんですが、英語の授業についていくのが本当に大変で。 リーディングの課題が20ページとか、高校生にはかなりハードでした。でも振り返ると、人前で話す機会が多かった気もします。 留学前から洋楽が好きで、バイリンガルで話すラジオDJにも憧れていました。 大学での学びが、今の仕事につながった ――大学で専攻されたオーラル・インタープリテーションは、現在のお仕事にどう活かされていますか? オーラル・インタープリテーションは、文学作品やスピーチなどの文章を“声で表現する”学問です。 朗読とは違って、作品の意味や感情、リズムを捉え、声と身体表現を通して伝えるもの。演劇的ですが、台本を必ずしも暗記するというわけではなく、テキストを解釈しながら読み上げるのが特徴です。 この学びが、今のバイリンガルMCの仕事にとても活きていますね。 人生の転機 ―― 流産、ラジオ局閉鎖、そして新たな道 ――秘書、通訳、海外営業などさまざまなキャリアを経て、どのようにMCの道に進まれたのでしょうか? 短大卒業後は岐阜の企業で秘書をしていました。そこで外国からのVIPをアテンドする方がいて、通訳ガイドの資格があると伺ったのがきっかけで、私も挑戦しようと思ったんです。 事務所を辞めて勉強に専念し、英検1級と通訳ガイドの資格を取得しました。 通訳学校にも通ったんですが、日本語でのアウトプットがうまくできなくて、日本語スピーキングを鍛えるためにアナウンス学校へ行ったら、そちらの方が断然おもしろかった(笑)。そこで「あ、通訳は向いてないな」と悟りました。 その後、社内通訳のような仕事に就いたとき、通訳ガイド資格のおかげで時給が少し高くなって、「資格を取っておいてよかった!」と実感。 その仕事の傍ら受けたオーディションで、FM放送レディオアイの日英ニュース読みの仕事を得ました。 ――そこから大きな転機があったそうですね。 はい。妊娠後に流産というつらい出来事を経験したのですが、その後ラジオ局で番組再編成があり、自分の番組を持てるチャンスが来ました。 迷いながらも引き受けて半年ほど担当しましたが、残念ながらラジオ局自体が閉鎖に。 朝番組で体力的にも厳しかったので、長く続けるのは難しかったかもしれません。 MCの仕事が軌道に乗るまで その後は妊活を優先するため、自由に働けるよう自営業に。自分でホームページも作りました。 きっかけは、友人(オーストラリア人と結婚)から頼まれた披露宴MC。フランス語も話せるので、日仏カップルの披露宴MCも経験し、そこから自然と仕事が広がっていきました。 バイリンガルMCの仕事を紹介するキャスティング事務所にも登録し、シャンパンメーカー、フェラーリ、東京国際映画祭など大規模イベントのMCも担当しました。 岐阜在住の自分に依頼が来るのか不安で料金も抑えていたのですが、実績が増えるにつれ適正価格に。 パフォーマンス動画をYouTubeにアップし、それを見た企業から「うちでもお願いします」と依頼が来るようになり、そこから仕事が好循環に入りました。… Continue reading 「心に響くパフォーマンスを追い求めて」バイリンガルアナウンサー・野口美穂さん

第10回ゲスト 平野桃子さん

【Experience never gets old:経験は色褪せることなく、いつまでも価値があるもの】

夫の海外赴任に帯同した時も、勇気を振り絞って、街の不動産屋さんの門戸を叩きました。家族のためを思って日本での仕事を諦めて海外赴任に帯同しましたが、前職の後輩が昇進した話を聞いたり、進行中の案件の話を聞くと、あー、私は仕事が好きだったのだなと気付きました。英国で思い切って働いたからこそ見えた景色があったし、英語力も上がり、この経験は自分にとって貴重だったと感じています。

2026年、再就職を考えるなら「仕事を具体で見る」

1日は、「自分の人生を大切に扱う人が増えてほしい」という話を書きました。 2日は、「私の経験を、強みとして言葉にしていく」という視点をお伝えしました。 三が日の最後は、再就職を考えるうえで欠かせない「仕事理解」についてお伝えしたいと思います。 再就職でつまずきやすい理由は、「仕事が見えていない」こと 再就職を考え始めると、多くの方がまず求人票を見ます。 けれど、面談の現場では、こんなお声をよく耳にします。 「どんな仕事なのか、正直よく分からないまま応募していました」 これは、ご本人の努力不足ではありません。仕事を“職種名”でしか見ていないことが原因です。 また、仕事を役割の集合体として捉えることが大切だと考えています。 その視点を形にしたのが、以前ブログで公開した「家庭運営マネージャーの職務要約― 主婦業のリアルディスクリプション ―」です。 (参考)主婦業にも“職務経歴書”を。家庭運営を「見える化」するジョブディスクリプション このページでは、家庭という場を一つの組織と見立て、 といった役割を、「業務」として分解しています。 ここでお伝えしたかったのは、「主婦業はすごい」ということだけではありません。 仕事とは、そもそもこうやって成り立っているという視点です。 仕事を具体で見ると、選択肢は広がる 仕事を役割で捉えられるようになると、再就職の見え方が変わります。 たとえば、 「未経験だから無理」と思っていた仕事も、 を見ていくと、 「この部分なら、経験があるかもしれない」 と感じられることがあります。 これは、自分を過大評価しているわけでも、無理に当てはめているわけでもありません。 仕事を具体で理解した結果です。 自己理解と仕事理解は、セットで考える 再就職には、自己理解と仕事理解の両方が欠かせません。 このすり合わせができると、再就職は「運任せ」ではなくなります。 そのために、ジョブディスクリプションという考え方はとても有効です。 2026年は、「知るところから」始めてもいい 2026年、いきなり応募しなくても大丈夫です。 まずは、 ここから始めるだけでも、再就職への不安は、少しずつ形を変えていきます。 この3日間でお伝えしてきたのは、 今年もここで、キャリアの話を書いていきます。 2026年が、ご自分の経験と、世の中の仕事を丁寧につなぎ直す一年になりますように。 ※キャリアブレイク前後のご相談(離職・転職など)・人間関係など、幅広くご相談を承っております。詳しくはこちらのHPをご参照ください。納得の未来を支えるキャリアコンサルタント・三橋久美子のHP ※キャリアブレイクからの復職や転職をお考えの方は、是非「キャリア・リスタート準備度チェック 〜 私らしく働くための第一歩 〜」を実施してください。ご自分がどのくらい準備が整っているか、知ることができますよ! ※日々の家事や家族サポートを「見えるかたち」にまとめました。「家庭運営マネージャーの職務要約~主婦業のリアルディスクリプション~」・再就職に向けて、これまでの経験を整理したい方・ 面接や履歴書で「主婦業をどう伝えればいいか」悩んでいる方・ 自己理解やキャリアの棚卸しをしたい方そんなあなたに、おすすめの1枚です。 ※毎週土曜日朝6:00~voicyでも皆様にキャリア・終活・お金・女性特有の体調(フェムケア)についてお伝えしています。後からも聞くことができますので、是非お耳をお貸しください。40代から人生を変えるラジオ/ミアビータ・アーカイヴ一覧40代から人生を変えるラジオ/voicyチャンネル

2026年、私の経験を“強み”として言葉にしていく

昨日は『自分のキャリアを大切に扱う人が増えてほしい』そんなお話しをしました。 今日はその続きとして、「これまでの経験を、どう扱えばいいのか」について考えてみたいと思います。 経験は勝手に強みにはならない 子育て、介護、家庭の事情。仕事から少し距離を置いた時間を過ごしてきた方の多くが、こんなふうにおっしゃいます。 「経験はあるけれど、強みと言えるほどのものではない気がします」 この感覚はとても自然です。 なぜなら、経験は ただ積み重ねただけでは、強みとして認識されにくいからです。 強みは、「何をしたか」より「どう向き合ってきたか」 強みというと、資格や実績、スキルのような分かりやすいものを思い浮かべがちです。 でも、私が再就職や転職の現場で見てきたのは、強みの正体は、行動の中身というよりも“姿勢”に近いということです。 たとえば、 こうした積み重ねは、外からは見えにくいけれど、確実にその人の中に残っています。 経験を強みに変える第一歩は「切り取る」こと いきなり「私の強みは〇〇です」と言葉にしなくて大丈夫です。 まずは、こんな問いをご自分にしてみてください。例えば次のようなことです。 ここには、その人らしい考え方や行動の癖が表れています。 経験を“全部まとめて”評価しようとしなくていい。まずは一部分を切り取るだけで、十分なのです。 言葉にできた経験は、次の選択を支えてくれる 経験を言葉にするというのは、誰かに説明するためだけのものではありません。 自分自身が、 を理解するための作業でもあります。 これができると、「何が向いているか分からない」状態から、少しずつ抜け出せるようになります。 強みは、自信満々に語れるものである必要はありません。 むしろ、 の中に、その人ならではの価値が隠れています。 2026年は、これまでの経験を価値として丁寧に拾い直す年にしてみませんか。 ※キャリアブレイク前後のご相談(離職・転職など)・人間関係など、幅広くご相談を承っております。詳しくはこちらのHPをご参照ください。納得の未来を支えるキャリアコンサルタント・三橋久美子のHP ※キャリアブレイクからの復職や転職をお考えの方は、是非「キャリア・リスタート準備度チェック 〜 私らしく働くための第一歩 〜」を実施してください。ご自分がどのくらい準備が整っているか、知ることができますよ! ※日々の家事や家族サポートを「見えるかたち」にまとめました。「家庭運営マネージャーの職務要約~主婦業のリアルディスクリプション~」・再就職に向けて、これまでの経験を整理したい方・ 面接や履歴書で「主婦業をどう伝えればいいか」悩んでいる方・ 自己理解やキャリアの棚卸しをしたい方そんなあなたに、おすすめの1枚です。 ※毎週土曜日朝6:00~voicyでも皆様にキャリア・終活・お金・女性特有の体調(フェムケア)についてお伝えしています。後からも聞くことができますので、是非お耳をお貸しください。40代から人生を変えるラジオ/ミアビータ・アーカイヴ一覧40代から人生を変えるラジオ/voicyチャンネル

2026年、自分のキャリアを大切に扱う人が増えてほしい

新年あけましておめでとうございます。2026年もよろしくお願いいたします。今年も緩やかに継続してお伝えしていきます。 さて、2025年、私はシングルマザーの皆さんの転職やキャリアブレイク期間の長い方の再就職の現場におりました。その中で、感じていることをお伝えしたいと思います。 キャリアは、いつも思い通りに選べるものではない 面談の現場でお会いする方々の中には、子育てや介護、家庭の事情など、状況が先に立ち、「働かないことを選択」している方も大勢います。「選びたかった」というより、その時点で選べる「最善」を選んできた。そんな時間を過ごしてきた方も、多いのではないでしょうか。だからこそ、これまでを振り返って「自分で選んだというより、そうするしかなかった」と感じる方がいらっしゃるのも、自然なことだと思います。 もちろん、自ら進んで、今はこうしたい!こうしよう!!と選び取った方にもお会いします。そのどれもが、皆様の人生だと思い、真摯にお話しをお聴きする、日々その気持ちを忘れずに臨んでいます。 そんなお話しの中で、例えどの人生を選んだとしても、ひとつ確かなことがあります。 それは、仕事をしていない時期も、キャリアの一部であるということです。それを改めてお伝えします。 働いていない期間があると、キャリアが止まっていたように感じることがあります。 けれどその間も、何を優先するかを考え、状況を見極め、判断を重ねながら、自分なりの責任を引き受けてきたはずです。 人は、経験を通して学びます。正解のない状況で考え、迷い、振り返ること自体が、その人の判断力や視点を育てていきます。 それは、キャリアがなかった時間ではありません。ただ、仕事の言葉で語られてこなかっただけです。 自分の時間を、キャリアとして扱えるか 私が日頃関わっている再就職の現場でも、キャリアブレイクが長い方ほど、最初はこうおっしゃいます。 「私には、何もない気がします」 でもお話を丁寧に聴いていくと、 が、確実に育っていることが分かります。 キャリアブレイクそのものが不利なのではなく、自分でそれを価値として扱えていないことが、次に進むときの壁になっているんです。 確かに再就職の道は厳しい。働いていない期間を、言葉通りに受け取る企業はまだまだあります。でも、今持っている自身の力を自分の言葉にして伝えていくこと。それにはまず、自分のキャリアとして、これまでをどう認識しているかが重要になってきます。 それができると、「私は何もしていなかった」という感覚は、徐々に静かにほどけていくと思います。 キャリアは、後からでも選び直せる キャリアは、一直線に進むものではありません。 人生の中では、役割や立場が大きく切り替わる時期があります。そうした移行の時間は、目に見える成果がなくても、価値観や判断軸が深く育つ時間でもあります。 状況が変われば、立ち止まってもいい。考え直してもいい。 これからは、「自ら選び取るキャリア」を考えていけばいいんです。 その力は、これまでの時間の中で、もう、ちゃんと育っています 新しい年が答えを急ぐ一年ではなく、自分の人生を大切に扱う一年になりますように。 ここからは、キャリアづくりについても、少しずつ、具体的な視点をお伝えしていきます。 必要なときに、思い出してもらえる場所になれたら嬉しいです。 ※キャリアブレイク前後のご相談(離職・転職など)・人間関係など、幅広くご相談を承っております。詳しくはこちらのHPをご参照ください。納得の未来を支えるキャリアコンサルタント・三橋久美子のHP ※キャリアブレイクからの復職や転職をお考えの方は、是非「キャリア・リスタート準備度チェック 〜 私らしく働くための第一歩 〜」を実施してください。ご自分がどのくらい準備が整っているか、知ることができますよ! ※日々の家事や家族サポートを「見えるかたち」にまとめました。「家庭運営マネージャーの職務要約~主婦業のリアルディスクリプション~」・再就職に向けて、これまでの経験を整理したい方・ 面接や履歴書で「主婦業をどう伝えればいいか」悩んでいる方・ 自己理解やキャリアの棚卸しをしたい方そんなあなたに、おすすめの1枚です。 ※毎週土曜日朝6:00~voicyでも皆様にキャリア・終活・お金・女性特有の体調(フェムケア)についてお伝えしています。後からも聞くことができますので、是非お耳をお貸しください。40代から人生を変えるラジオ/ミアビータ・アーカイヴ一覧40代から人生を変えるラジオ/voicyチャンネル