Hi there! Welcome to my blog. こんにちはSachikoです。 英語はあなたのキャリアにどんな影響を与えていますか? どうすれば「キャリアの武器になる英語」を身に着けられるのでしょうか。 英語を軸にキャリアを紡いできたSachikoが英語の達人のみなさんにその秘訣を伺います。 今回ご紹介するのは、「気が付くと子どもの英語力がぐんぐん伸びている おうち英語」を上梓された伝説の英語教師小河園子さんです。 「人生の種まきをしよう」『おうち英語』著者・小河園子さん 「いつどこで芽を出すか分からない種を、日々まいておく。 その積み重ねが、気づけばキャリアと子育てをつないでくれました。」 43年にわたって公立高校で英語教育に携わり、定年後は大学でも教壇に立つ。 そして近年は『気が付くと子どもの英語力がぐんぐん伸びている おうち英語』を上梓し、SNSやイベントでも発信を続ける――。 小河園子(おがわ・そのこ)さんに、教員としての歩み、子育てとの両立、 “種まき”というキャリア哲学、そして次の目標について伺いました。 「英語という切り札で乗り切れる」――教員を志した原点 ――教員になろうと思ったきっかけを教えてください。 外交官など他の道も考えましたが、いずれ結婚や出産を経ても長く働き続けたいという思いが強かったんです。そこで、自分の“切り札”である英語で勝負できる職場を求めて、教員を選びました。 就職当時(約40年前)は、外資系で英語を武器にバリバリ働く選択肢が今ほど一般的ではなくて。TOEICで900点を超える英語力があっても、あえて地味に見える公立高校を選びました。結果的に、それが私の軸になりました。 43年の教員人生――“進学校”から“進路多様校”まで ――どのような学校で教えられてきましたか。 主に公立高校です。キャリアの締めくくりは県立浦和高校で約11年。その前は浦和第一女子高校、キャリア中盤は新設10年目の埼玉県立南稜高校(いわゆる進路多様校)に勤務しました。 高校教員の定年後は、大学でも教えています。異なる校風・学力層の生徒と向き合った経験は、今の指導にも大きく生きています。 子育て期の“横展開”――直線ではなく、英語に触れ続ける導線づくり ――長いキャリアの中で子育ても。どのように継続されたのでしょう。 正直、我慢の時期もありました。周囲の先生が次々と本を出したり「出世」をしたりするのを横目に、私は母親業を優先。その分、定年後に活動の幅を広げています。 子育て期(幼稚園年中から高校卒業までの14年間)は、いわゆる“進学校”とは別の、多様な進路を歩む生徒が多い学校で教えました。そこで意識したのが、毎日英語に触れる導線を持ち続けること。授業に加え、国際交流担当に手を挙げ、オーストラリア研修旅行の引率など、英語が“仕事の中心”になる機会を自らつくりました。 キャリア一直線で管理職を目指す人たちが手を挙げにくい業務ほど、私は進んで引き受けました。脇道のようで、実は自分の軸を太くする道だったからです。 あえて“敬遠されがちな仕事”を選ぶ理由 ――なぜ、人がやりたがらない仕事を積極的に? 英語ディベート部の顧問や国際交流は、時間も手間もかかるし、成果も不確実です。でも、企画段階から関われる「おいしい仕事」でもあるんです。海外の先生(オーストラリア、イギリスなど)とメールをやり取りし、ホームステイの受け入れも毎年のようにやりました。 家族の助けも借りながら、我が家に外国人が泊まる環境を整えました。これは息子にとっても大きな財産になりました。 また、学校では日本人の先生たちが遠慮するネイティブの先生の隣の席を、私は「無料の英会話教室」だと思って確保。雑談から頼まれ事や相談が舞い込み、さらに英語の実践機会が増える。自分の強みを日常の中で回し続ける工夫です。 「国際交流に、子どもを巻き込む」 ――ご家庭にも国際交流を取り入れていたとか。 着任したばかりのオーストラリアやアメリカ、カナダ出身の先生と市役所での各種手続きを一緒にこなすなど、生活面のサポートもしました。小学生の息子は会話の中身をどこまで理解していたか分かりませんが、英語の音や多様な文化を“空気ごと”浴びる経験になったはず。また、息子は、「世界には、いろいろな人がいる」ということを実体験を通じて学ぶことができました。 種が花開いて誕生した『おうち英語』 ――書籍『おうち英語』はどのように生まれたのですか。 ある出版社(学研)の編集者さんに経歴を話すと、「母親としての視点 × 英語キャリアを掛け算しましょう」と背中を押していただき、企画が動き出しました。 執筆が実現した背景には、英語教員としての実績(当時まだ珍しかった海外進学のサポートなど)と、子育て経験。さらに、コロナ禍に参加したオンラインの出版塾でのご縁も大きかったです。そんなこんなで「いつどこで役立つか分からない“種まき”が、60代に入って次々と芽を出した」という感じです。スティーブ・ジョブズのいう connecting the dots を、私は「種まきが生きてきた」と表現しています。 キャリアアップの下準備――夜間大学院で“言語化”の力を磨く ――高校教員から大学へ。どのように道を拓いたのでしょう。 こまめに英語資格を更新しつつ、夜間の大学院(立教大学・異文化コミュニケーション)で2年間学びました。指導主幹は鳥飼久美子先生。本業と子育ての合間に通い、ギリギリで単位を取った科目もありますが(笑)、理論の言語化を身につけられたのは大きかった。思春期の息子とお互い「英語力でマウント合戦」をした時期もありましたが、親が夢中で学ぶ背中を見せられたのは良かったと思います。 出版の扉を開く――名刺に“見出し”を、翌日に“130の提案”を ――出版のチャンスは、どうつかんだのですか。 出版記念パーティーに顔を出し、名刺の裏に“見出しになりそうな言葉”(「公立高校から海外へ」「ケンブリッジ英検…」など)を書いてお渡ししました。翌日には編集者から宿題メール。 「このテーマで10項目」と言われたら、翌日に13。100なら130返す。結果、その130のTips(コツ)のうち64のTipsが本になりました。担当の古川有衣子編集長の“伸びる芽を伸ばす目”に救われました。 “レッドオーシャン”を泳ぎ切る覚悟――弱者の戦略 ――SNSでの発信は苦労も多かったのでは。 フォロワー5万人の著者が並ぶ中、私は数千人規模。不安はありましたが、飛び込んだ以上は泳ぎ切ると覚悟を決め、既存のリアルなつながりに丁寧にDMを送りました。300通送れば約1/3が反応。SNSは1/10〜1/100の反応でも、リアル発のネットワークなら道は開けると実感しました。 また、競合と思える著者にも自分から握手。同時期・類似テーマの方にDMを送り、共同スペースやコラボライブを実施。準備は7割こちらが担う、当日は相手7:自分3で話す――教員の経験を活かした即興トークで相手を引きたてました。半年後には、大物著者側からお声がけいただけるように。我が家ではライブ配信の時間を“放送”と呼び、家族の協力も得ながら継続しています。 AI時代の英語学習へ――「人間の予測不能性」を手放さない ――AIが発達する時代、英語学習者へのアドバイスは? 一言でいえば、「AIにない“人間の予測不能性”を大切に」です。「塞翁が馬」というように、よいことが悪いことに、悪いことがよいことに転じることは常に起こり得る。失敗して、踏みとどまって、やり直す――そのプロセス自体が学び。諦めない粘りこそが、英語とキャリアをつないでくれます。 ネクストゴール――“静かな時間”に、次の芽を仕込む ――これからの目標は? 昨年は思わぬ怪我で失速もありましたが、その“静けさ”の中で新しいコミュニティとの出会いがあり、出版コンペへの挑戦、次の企画も動き出しました。今後の取り組みとしては学童保育の時間に日本語と英語の両方の言語力を高める活動(言葉遊びなど)のお手伝いができたらと考えています。また、地域の中でボランティア的に日本を訪れる海外の方が、日本のことを良く知り、地域に溶け込みやすくするようなお手伝いができればと考えています。 園さんの“種まき”の流儀のまとめ インタビューを終えて 園さんの言葉は、直線の「キャリア論」よりも、“横に広げる”導線づくりの重要性を教えてくれます。今日まいた種が、いつ芽を出すかは分からない。だからこそ、日々の仕事・生活・家族を“英語”でつなぐ工夫を欠かさない。 その姿勢こそが、AI時代の学びと働き方のヒントなのかもしれません。 英語に関する発信をいろいろされている園さんのSNSをフォローしてあなたも種まきの準備をしてみませんか? Xアカウントhttps://x.com/sono_english noteアカウント その(小河園子)@英語教師|note 気が付くと子どもの英語力がぐんぐん伸びている おうち英語紹介Webページ 『気がつくと子どもの英語力がぐんぐん伸びている おうち英語』 | 学研出版サイト
Category: 様々な女性のキャリア構築ストーリー
「通訳者を目指して♯100日英語チャレンジ」明日香さん
Hi there! Welcome to my blog. こんにちはSachikoです。 英語はあなたのキャリアにどんな影響を与えていますか? どうすれば「キャリアの武器になる英語」を身に着けられるのでしょうか。 英語を軸にキャリアを紡いできたSachikoが英語の達人のみなさんにその秘訣を伺います。 今回ご紹介するのは、英検1級、TOEIC IP 970点という高い英語力を持ち、外資系企業で働きながら“通訳者”という夢に向かって歩み続ける明日香さん。SNSで話題となった「♯100日英語チャレンジ」の発信者としても、多くの学習者に影響を与えています。 彼女の英語との出会いから、キャリア形成における葛藤、そして英語学習を習慣化するための独自の工夫まで、じっくりお話を伺いました。 英語との出会いは3歳の英会話教室から 明日香さんが英語と出会ったのは、なんと3歳の頃です。お母様が英語学科出身で「自分は英語を話せなかったからこそ、娘には話せるようになってほしい」という思いから英会話教室に通わせてくれたのだそうです。 「最初は遊び感覚で通っていました。英語で歌ったりゲームをしたりして、それがすごく楽しかったんです。」 しかし、10歳のときの海外旅行が大きな転機になります。同じホテルに滞在していた台湾の子どもと英語で話した際、その流ちょうさに衝撃を受けたと言います。 「自分のほうが英語をやってきた自信があったので、本当に打ちのめされました。“あの子みたいに話せるようになりたい”という気持ちが、あの時に初めて強く芽生えました。」 帰国後は、英検コースのある英会話スクールで集中的に学び始め、本格的な英語学習の道を歩んでいきました。 アメリカ留学で感じた“理想とのギャップ” 大学は外国語学部へ進み、1年間のアメリカ留学を経験します。しかし、その留学先で感じたのは「理想の自分と実力との差」でした。 「留学をする前から英語に強くなりたくて専門性に憧れていたのですが、実際に行ってみると全然理想に届いていませんでした。帰国後すぐに就活が始まり“これからどうするか”を本気で考え始めたんです。」 通訳者や言語学者への道にも惹かれていましたが、当時は明確にイメージできなかったといいます。 そんなとき、お父様のつながりで関西空港の通訳者と話す機会に恵まれました。「通訳者になる前に企業で働いたほうが、通訳としての深みが出るとアドバイスをいただきました。その言葉が強く心に残り、一度は一般企業で働き経験を積む選択をしました。」 そうして選んだ就職先が日系大手企業の楽天でした。 社会人3年目に訪れた転機――「英語を使わない8時間」への迷い 楽天での3年間は、楽しく充実した時間でもありました。同期と遊んだり旅行したり、新社会人としての生活をとことん満喫していたと言います。 しかし3年目に入った頃、ふと自分の未来を考え直すようになりました。「このままでいいのかなと初めて思ったんです。インスタの利用をやめて、英語のシャドーイングを中心に学習を再開しました。」 英語を学ぶほどに、自分の働く環境にある違和感がはっきりしてきました。「英語を使わない職場で1日8時間過ごしていることに、少しずつ疑問を感じ始めていて……。英語をもっと使える環境に身を置きたいという気持ちが強くなりました。」 そこから“英語を使える職場”を軸に転職活動を行い、現在のグローバル広告代理店に転職。社内は日本人と外国人が半々で、業務の8割が英語だそうです。 「英語で働くのが日常になり、ようやく理想の環境に近づいたと感じています。」 外資系で求められる英語力とは? 外資系というと、高い英語力が必要というイメージを持つ方も多いはず。 明日香さん自身、TOEICリスニング満点、英検1級という優れた実績を持っています。 「TOEICは800点くらいだと、大切なお知らせや会議内容など、重要な部分を取りこぼす可能性があるかもしれません。900点を超えていると、ぐっと働きやすくなると感じています。」 TOEICのビジネス英語の構成はメールの文章構成にも近く、実用的な力になるとのこと。 さらに、洗練された文書やクリエイティブ系の英文では、英検1級レベルの語彙を知っていると読み解きやすいそうです。 英検1級は「避けて通れない挑戦」だった 最初から英検1級を目指していたわけではありません。「英検1級なんて誰が受けるの?と思っていたので、本当に壁のような資格でした(笑)。」 しかし、通訳学校の会議通訳クラスの免除条件に英検1級があったことで挑戦を決意。 最近その条件が廃止されてしまったそうですが、それでも受験した価値は大きかったと語ります。 「結果的に自分の英語基礎力を見直す良い機会になりました。結局は実力でいきなさいということなんだと思っています。」 「100日英語チャレンジ」誕生秘話 2023年3月から行った「100日英語チャレンジ」。シャドーイングを習慣化するため、Xで毎日投稿を続けたことが始まりでした。 「同じ時間に同じことを100日続けると、確実に習慣として定着します。日々の積み重ねが、学習を生活のリズムに組み込んでくれました。」 また、英語学習において最も重視しているのは“振り返り”だと言います。 「アウトプットしたあと、必ず“何が足りなかったか”“次はどう改善するか”を考えるようにしています。このプロセスを繰り返すことで、成長が加速していくんです。」 SNSでは英語の上級者をフォローし、刺激を受けながらモチベーションを保っているそうです。 100日英語チャレンジコミュニティーに参加するのはどんな人? 現在運営している英語学習習慣化コミュニティ「Buddit」では、40代前後の参加者を中心にデザインされています。 「40代は、仕事で英語が必要になる場面が増える時期ですよね。また、キャリアアップやキャリアチェンジを考える年齢でもあります。外資系で活躍する同世代を見て、“自分も頑張らなければ”と感じる方も多いのではないかと思います。」 それぞれが目標を掲げ、100日間続け、お互いに励まし合う。大人になってからの学びを支える場として、コミュニティーの存在は大きいといいます。 これから描く未来と、英語学習を続けるコツ 最後に、英語学習を続けるためのコツと、今後のビジョンを伺いました。 「まずは無理をせず習慣化すること。そして、自分の目標との差を常に確認することが大切です。」通訳者という明確な目標に向かい、今年4月から再び通訳学校に通う予定だそうです。「外資系での実務経験を積みながら、通訳者に近づいていきたいと思っています。」… Continue reading 「通訳者を目指して♯100日英語チャレンジ」明日香さん
「心に響くパフォーマンスを追い求めて」バイリンガルアナウンサー・野口美穂さん
Hi there! Welcome to my blog. こんにちは、Sachiko です。 英語はあなたのキャリアにどんな影響を与えていますか?どうすれば「キャリアの武器になる英語」を身につけられるのでしょうか? 英語を軸にキャリアを紡いできたSachiko が、英語の達人のみなさんにその秘訣を伺います。 今回ご紹介するのは、バイリンガルフリーアナウンサーとして知られる野口美穂さんです。岐阜県に拠点を置きながら、英語を武器にグローバルな舞台で活躍されています。 愛知国際放送(Radio-i)で日英バイリンガルニュースアナウンサーや番組パーソナリティーを務めた後、国際カップルの披露宴や、国際会議、企業のグローバルイベントでのバイリンガルMC、ステージ通訳など、活動の幅を広げてこられました。さらにGoogleマップのカーナビ音声を担当したことでも知られています。 また、全米No.1セレブリティボイスコーチ Roger Love氏の認定ボイスコーチ資格を取得し、近年は「世界で活躍する人のためのバイリンガル英語スピーキング指導」にも力を入れていらっしゃいます。 今回は、キャリアの歩み、英語との出会い、バイリンガルアナウンサーという新たな職域を切り開くまでの道、そして子育てと仕事の両立について、じっくりとお話を伺いました。 バイリンガルアナウンサーという仕事 ――まず、「バイリンガルアナウンサー」とはどのようなお仕事なのでしょうか? 実は、先人の方はいらっしゃるんですけれど、私の場合は“自称”というのが正しいんです(笑)。ラジオでアナウンサーをしていたこともあり、「MC、バイリンガル司会、モデレーター、パブリックスピーカー」など、スピーキングを軸にする職業を分かりやすくするために自分のことを “バイリンガルアナウンサー”と呼んでいます。ただ、英語では“アナウンサー”という言い方はせず、professional speaker, emcee, moderatorと名乗っています。 英語との出会い ―― 高校時代の留学が原点 ――高校時代のアメリカ留学が大きなきっかけだったのでしょうか? AFSの交換留学でメリーランド州の公立高校に通ったんですが、英語の授業についていくのが本当に大変で。 リーディングの課題が20ページとか、高校生にはかなりハードでした。でも振り返ると、人前で話す機会が多かった気もします。 留学前から洋楽が好きで、バイリンガルで話すラジオDJにも憧れていました。 大学での学びが、今の仕事につながった ――大学で専攻されたオーラル・インタープリテーションは、現在のお仕事にどう活かされていますか? オーラル・インタープリテーションは、文学作品やスピーチなどの文章を“声で表現する”学問です。 朗読とは違って、作品の意味や感情、リズムを捉え、声と身体表現を通して伝えるもの。演劇的ですが、台本を必ずしも暗記するというわけではなく、テキストを解釈しながら読み上げるのが特徴です。 この学びが、今のバイリンガルMCの仕事にとても活きていますね。 人生の転機 ―― 流産、ラジオ局閉鎖、そして新たな道 ――秘書、通訳、海外営業などさまざまなキャリアを経て、どのようにMCの道に進まれたのでしょうか? 短大卒業後は岐阜の企業で秘書をしていました。そこで外国からのVIPをアテンドする方がいて、通訳ガイドの資格があると伺ったのがきっかけで、私も挑戦しようと思ったんです。 事務所を辞めて勉強に専念し、英検1級と通訳ガイドの資格を取得しました。 通訳学校にも通ったんですが、日本語でのアウトプットがうまくできなくて、日本語スピーキングを鍛えるためにアナウンス学校へ行ったら、そちらの方が断然おもしろかった(笑)。そこで「あ、通訳は向いてないな」と悟りました。 その後、社内通訳のような仕事に就いたとき、通訳ガイド資格のおかげで時給が少し高くなって、「資格を取っておいてよかった!」と実感。 その仕事の傍ら受けたオーディションで、FM放送レディオアイの日英ニュース読みの仕事を得ました。 ――そこから大きな転機があったそうですね。 はい。妊娠後に流産というつらい出来事を経験したのですが、その後ラジオ局で番組再編成があり、自分の番組を持てるチャンスが来ました。 迷いながらも引き受けて半年ほど担当しましたが、残念ながらラジオ局自体が閉鎖に。 朝番組で体力的にも厳しかったので、長く続けるのは難しかったかもしれません。 MCの仕事が軌道に乗るまで その後は妊活を優先するため、自由に働けるよう自営業に。自分でホームページも作りました。 きっかけは、友人(オーストラリア人と結婚)から頼まれた披露宴MC。フランス語も話せるので、日仏カップルの披露宴MCも経験し、そこから自然と仕事が広がっていきました。 バイリンガルMCの仕事を紹介するキャスティング事務所にも登録し、シャンパンメーカー、フェラーリ、東京国際映画祭など大規模イベントのMCも担当しました。 岐阜在住の自分に依頼が来るのか不安で料金も抑えていたのですが、実績が増えるにつれ適正価格に。 パフォーマンス動画をYouTubeにアップし、それを見た企業から「うちでもお願いします」と依頼が来るようになり、そこから仕事が好循環に入りました。… Continue reading 「心に響くパフォーマンスを追い求めて」バイリンガルアナウンサー・野口美穂さん
