英語×教養×知的好奇心を育むブッククラブ──ELC代表・五味奈津子さん

The blog introduces Sachiko’s journey in English learning and highlights her experiences at the English Library Café led by Natsuko Gomi. It emphasizes the benefits of engaging with diverse perspectives through reading and discussion, fostering intellectual curiosity. Natsuko’s story showcases the transformative power of language in personal and professional growth.

薄井シンシアさんの著書『専業主婦が就職するまでにやっておくべき8つのこと』がフリーランスの私にヒントをくれた

私は1歳の娘を育てながら、大分で暮らしています。 リモートでできる仕事を中心に、企業や個人の方から業務委託をいただいています。 数年前まで東京で会社員をしていたのですが、結婚・妊娠・地方移住をきっかけに、フリーランスという働き方を選びました。 今日は、そんな私のこれからにヒントをくれた一冊の本の話を書きたいと思います。 《目次》 自分の選択が「中途半端」に感じていた 私の周りの友人たちを見渡すと、みんなそれぞれの場所で自分の道を歩んでいます。 東京や福岡で会社員として働いている方も多いし、子育てに集中したく専業主婦を選んだ方もいる。 そんな中で、地方でフリーランスをしている私は、自分の立ち位置や肩書がふわっとしていると感じることがよくあります。 そんなとき、 「そうだ、シンシアさんの本を読もう」 と家にあったシンシアさんの本を改めて読み返すことにしました。 もう一度ちゃんと開いて、自分が今感じていることを整理してみたい。 この本の中では、専業主婦が再就職するにあたって何をしておくべきか、ご自身の経験から8つのポイントが書かれています。 私は専業主婦ではないけれど、今の自分の働き方や暮らしに重ねながら読むと、たくさんのヒントがありました。 特に心に留めた、3つのこと シンシアさんが書かれている8つのことはどれも大事な視点なのですが、その中でも私が特に心に留めたのは、次の3つでした。 ① 「専業主婦」を長い人生のなかの「キャリア」と位置づける シンシアさんは、専業主婦としての期間を「キャリアの中断」ではなく、長い人生のなかのひとつの「キャリア」として位置づけていました。 これを読んで、今の自分の働き方にもそのまま重なると思いました。 私は、「完全にキャリアを中断している」とは思っていませんが、「会社員を辞めている」という点では、遅れをとっている気がしていました。 でも私はこの働き方を、自分で選びました。 この期間も、私の人生のストーリーのなかで大事な時間になるはず。 そう信じて、あとから振り返ったときに「あの時こうしておけばよかった」と後悔しないように、未来のために小さな積み重ねをしておきたい。 シンシアさんの言葉を読んで、その気持ちを改めて確かめることができました。 ② PTA、地域ボランティアに参加する シンシアさんは、専業主婦の期間に地域のPTAやボランティアに積極的に関わることを勧めています。 これも、地方に移住してきた私には、すごく腑に落ちる話でした。 つい先日、近所にある奈多八幡宮の松林の清掃活動に参加してきました。 アメリカのインターナショナルスクールの生徒さんたちが来てくれて、地元の方と一緒に松林の枯葉を掃除する取り組みです。 こういう場で出会う方々とのつながりは、会社の名前でつながっているわけではないんですよね。人と人が繋がる場所です。 そこにある関係には、会社員時代に感じたものとはまた違う、心強さと豊かさがあると感じます。 また、「人とのつながりが人生を変える」ことを最近特に実感しているので、今後も大切にしていきたいことです。 ③ 目標を達成することで、自分で自分を評価し、自信をつける 本のなかでは、自分でゴールを決めて達成する大切さが書かれています。 私の場合は、今の仕事においても、家庭においても、これを改めて心がけていきたい。 私の人生には、これからもいくつかのフェーズがあります。 仕事をしながら1歳の娘と過ごす今のフェーズ、娘が小学校に通うフェーズ、娘が自立しだんだんと手離れしていくフェーズ。 それぞれの場面で、無理のない範囲で小さく積み上げていく。ときには苦手なことに挑戦しながら。 その積み重ねが、5年後、10年後に振り返ったときに後悔のないものでありたい。そしてその先で、私がしたいこと(自分の会社のことかもしれないし、会社員に戻りたいというものかもしれない)にちゃんとつながるように、今の歩みを大事にしたいと思っています。 私に足りなかったのは「規則正しい生活」 シンシアさんはこの本のなかで、「時間に忠実に、規則正しく生活する」ことの大切さも繰り返し触れています。 正直なところ、今の私には本当に耳が痛いところです。 1歳の娘との毎日は、娘次第。 何時に起きるか、いつぐずるか、いつ寝てくれるか… 思い描いたスケジュール通りに動けないのは、娘が全部悪いわけではなく、自分が自分に甘いところもあるのだとも思っています。 「シンシアさんが書かれているような規則正しい生活は全然できていない」と改めて反省しました。 でも本を読んでいると気づくのです。 「シンシアさんは娘さんが小学校に通っているときのことを言っているかも」 完璧な規則正しさは、娘がもっと大きくなったらやればいい。 今は、できる範囲で仕事を受ける、地域や家族のために動く。それで十分かも。 これは、本を読んで私が勝手に解釈したことです。… Continue reading 薄井シンシアさんの著書『専業主婦が就職するまでにやっておくべき8つのこと』がフリーランスの私にヒントをくれた

何歳でも英語で人生を変えられる:英語コーチきなこさん

Hi there! Welcome to my blog. こんにちは、Sachikoです。 英語を「話せるスキル」で終わらせず、いかにしてキャリアへとつなげていくのか。このブログでは、英語を軸にキャリアを切り拓いてきたSachikoが、第一線で活躍する“英語の達人”たちに、そのリアルな秘訣を伺っています。 今回のゲストは、Xフォロワー5.9万人を誇る英語コーチ、「きなこ」さんこと伊藤さなえさん。 きなこさんは、名古屋大学の後輩で私と同じく公務員経験をお持ちです。様々な経験を経て、現在は起業を果たされ、学研より『ひとめでわかる!英語ビジュアルマップ』を上梓されるなど、英語学習の分野で注目を集める存在です。 しかし、現在に至るまでの道のりは、決して華やかな成功物語ではありませんでした。思うように進まない現実の中で、数々の選択と葛藤を重ねながら、「自分は何者で、何をやりたいのか」を問い続けてきました。 迷いや挫折を経験したからこそ見えてきた、“今の自分”へとたどり着くまでの道のりとは。 素直さと人とのご縁を何より大切にしながら、一歩一歩前へと進んできたきなこさん。その軌跡と胸の内を、じっくりと伺いました。 学生時代から芽生えていた、言語学への興味 ――英語学習はいつ頃から始められたのでしょうか? 近所に英会話スクールがあって、子どもの頃から通っていました。当時は英語の名前をつけられるのが少し恥ずかしくて、「Susie」と呼ばれることに違和感を覚えていましたね。「私はSusieじゃないのに」って(笑)。それでも、自然と英語に触れられる環境が身近にあったのは大きかったと思います。 ――名古屋大学では言語学を専攻されていますが、学生の頃から英語は得意だったのですか? 実は、英語でのコミュニケーション自体はあまり得意ではありませんでした。ただ、中学・高校の頃に文法や構文を読み解くことが本当に面白くて。難しい文章を一つひとつ分析して理解していくプロセスに、気づけば夢中になっていました。その延長線上に、言語学という専攻があったんです。 その後、日本大学の通信制課程で教員免許を取得し、日本語教師の資格も取りました。日本語教師養成の過程で初めて第二言語習得理論を体系的に学んだのですが、これは今の英語指導にダイレクトに生きています。言語学で学んだ知識も、たとえば時制(出来事の時間的な位置)とアスペクト(出来事の状態・進み方)の違いなど、学習者がつまずきやすいポイントを見極めるうえで大きな助けになっていますね。 公務員という「安定」から、一歩踏み出す決断 ――大学卒業後は国家公務員になられたそうですね。 はい。大学に通いながら、予備校で公務員試験の勉強をしていました。当時はまだ国立大学職員が国家公務員だったんです。今は独立行政法人に変わっていますけど。名古屋大学に就職して、いわゆる安定した道を歩み始めました。 ――そこから、その安定を手放す決断をされたのですよね。 そうなんです。最初の配属先で、英語を使う機会が多かったのですが、それがすごく楽しくて。コミュニケーションの面白さに初めて気づきました。そこから英会話教室にも通い始めて、「英語を突き詰めて仕事にできたら楽しそうだな」と思うようになったんです。 ただ、公務員だと3〜4年ごとに異動があるため、せっかく磨いた英語力を、次の配属先で生かせるかどうかは分からない。「もっと英語を深く学びたい」「これを仕事にしたい」という思いが、だんだん強くなり留学したいという気持ちにつながりました。 ――カナダ留学を決意したとき、怖さはありませんでしたか? 正直、ものすごく怖かったです。名古屋大学を出て国家公務員になって、周囲からはうらやましがられるようなレールに乗っている状態から脱線するのは勇気がいりました。また、実家が裕福ではなかったので、現実的な不安も大きかったですね。ただ、今だから言えるのは、「決断してよかった」ということです。もちろん、その後は苦労の連続で、途中で自分の決断を呪ったことも何度もありました(笑)。それでも、その経験があったからこそ、今の自分がある。そのすべてが、いまの原動力になっているんじゃないかなと思います。 カナダ留学で得たもの ――カナダ留学で得たものは何ですか? 一番大きかったのは、価値観が大きく変わったことですね。私はこれまで、何かしらの「型」や組織に属して生きるのが得意なタイプだったんです。でもカナダでは、どこにも所属していなくても、きちんと自分を評価してくれて、自然に仲良くなれる人たちがいると知りました。 学歴や職歴、年齢といった肩書きで判断されることがほとんどなくて、「その人自身」を見てくれる。だからこそ、何歳になってもチャレンジしていいんだ、という感覚を持てるようになりました。 帰国直後に待っていた、試練の時間 ――帰国後の就職活動は順調でしたか? それが、帰国したのがちょうどリーマン・ショックの時期だったんです。本当に最悪のタイミングでしたね。TOEICは985点まで伸びていましたし、英語も話せるようになっていたので、「就職は何とかなるだろう」と思っていたのですが、そもそも求人がほとんどなくて。 公務員の経歴は民間ではあまり評価されないと分かっていたので、派遣から始めようと考えていました。でも、それもなかなかうまくいかず、ようやく決まった外資系企業のお仕事もしばらくして事業縮小でなくなってしまいました。さらにその頃、結婚を考えていた相手との別れも重なってしまって。失業と失恋が同時に来て、軽く引きこもっていました。 ――そこから、どうやって立ち直られたのでしょうか? 正直、その時点では「自信があるのは公務員試験にパスするスキルだけ」でした。だから名古屋市の学校事務職員試験を、年齢制限ギリギリで受けて、何とか滑り込みました。 ただ、いざ安定すると、また「やっぱり英語の仕事がしたい」という気持ちが湧いてきたんです。そのころには、結婚もして、すでに30代になっていました。 ここから何ができるのかを考えて、まずは教員免許を取ってみようと思いました。33〜34歳の頃、日本大学の通信教育課程に入学したんです。教員免許を取るまでには思ったより時間がかかってしまったのですが。 転機を呼び込んだ「ご縁」と「素直さ」 ――英語を軸にキャリアを切り開いていこうと決心された、ターニングポイントはどこにありましたか? 小学校での仕事を通じて、偶然が重なり英語を使う機会が少しずつ増えてきた頃、転職サイトを見るようになったんです。そこで見つけたのが名古屋大学の国際労務担当の研究員のお仕事でした。学位は不要で、学士号があり、TOEIC900点以上の実力があれば応募できるという条件だったんです。 英語力だけでなく専門性も求められる仕事だったので、決して楽ではありませんでしたが、研究員として働く日々はとても充実していました。 研究員の期間中に出産も経験し、産休・育休中に教育実習をこなしてようやく教員免許を取得することができました。 研究員の任期が終わる予定だった時には、「特殊な業務を担当しているから、ぜひ引き続き残ってほしい」と声をかけていただいて。仕事へのやりがいも強く感じていました。 ただ、ここでまた私の悪い癖が出てしまって(笑)。「任期がいつ終わるかわからないこの状況のままでいいのかな」と迷った末に研究員の仕事を離れ、名古屋市立大学の準公務員試験を受けて、再び“安定”の道を選んでしまったんです。 結局、その安定も、最終的には子育てとの両立が難しくなり、夫との関係がうまくいかなくなったことで終わりを迎えました。その後、専業主婦となり、「何か自分でできることはないか」と思い、ブログを書き始めたんです。 ――難しい局面で周囲のアドバイスを上手に生かしていらっしゃいますよね。 私自身、かなり素直なタイプなんだと思います。誰かに「これをやったらうまくいくよ」と勧められて、そこにある程度納得できるロジックが見えたら、まずは試してみるようにしてきました。例えば、あるブログの先生から「文章がうまいから、X(旧Twitter)をやったほうがいいよ。1万人くらいすぐいくと思う」と言われたことがあって。「いやいや、さすがに無理ですよ」と思いながらも、少しおだてられて始めてみたら、本当に半年でフォロワーが1万人を超えたんです。 そうしたアドバイスを信じて動いてみたこと、そして人とのご縁が重なったことで、結果として道が開けていったのだと思います。 英語コーチとしての独立 ――英語コーチになったきっかけは何だったのでしょうか? X(旧Twitter)のDMを通じて、英語コーチング企業からスカウトをいただいたのがきっかけでした。詳しく話を聞いてみると、子どもが寝たあとでも仕事ができて、通勤も不要。日中は確かに仕事が少ないのですが、その時間を使って添削作業ができる。「これはすごく育児と相性がいい働き方だな」と感じたんです。 当時は、専業主婦をしながらXをしていただけでした。育児の合間にSNSを続けつつ、同時に国家資格キャリアコンサルタントの勉強も始めていました。 ――キャリアコンサルタントの資格を取ろうと思われた理由は?… Continue reading 何歳でも英語で人生を変えられる:英語コーチきなこさん

「人生の種まきをしよう」『おうち英語』著者・小河園子さん 

Hi there! Welcome to my blog. こんにちはSachikoです。 英語はあなたのキャリアにどんな影響を与えていますか? どうすれば「キャリアの武器になる英語」を身に着けられるのでしょうか。 英語を軸にキャリアを紡いできたSachikoが英語の達人のみなさんにその秘訣を伺います。 今回ご紹介するのは、「気が付くと子どもの英語力がぐんぐん伸びている おうち英語」を上梓された伝説の英語教師小河園子さんです。 「人生の種まきをしよう」『おうち英語』著者・小河園子さん  「いつどこで芽を出すか分からない種を、日々まいておく。 その積み重ねが、気づけばキャリアと子育てをつないでくれました。」  43年にわたって公立高校で英語教育に携わり、定年後は大学でも教壇に立つ。 そして近年は『気が付くと子どもの英語力がぐんぐん伸びている おうち英語』を上梓し、SNSやイベントでも発信を続ける――。 小河園子(おがわ・そのこ)さんに、教員としての歩み、子育てとの両立、 “種まき”というキャリア哲学、そして次の目標について伺いました。  「英語という切り札で乗り切れる」――教員を志した原点  ――教員になろうと思ったきっかけを教えてください。 外交官など他の道も考えましたが、いずれ結婚や出産を経ても長く働き続けたいという思いが強かったんです。そこで、自分の“切り札”である英語で勝負できる職場を求めて、教員を選びました。 就職当時(約40年前)は、外資系で英語を武器にバリバリ働く選択肢が今ほど一般的ではなくて。TOEICで900点を超える英語力があっても、あえて地味に見える公立高校を選びました。結果的に、それが私の軸になりました。  43年の教員人生――“進学校”から“進路多様校”まで  ――どのような学校で教えられてきましたか。 主に公立高校です。キャリアの締めくくりは県立浦和高校で約11年。その前は浦和第一女子高校、キャリア中盤は新設10年目の埼玉県立南稜高校(いわゆる進路多様校)に勤務しました。 高校教員の定年後は、大学でも教えています。異なる校風・学力層の生徒と向き合った経験は、今の指導にも大きく生きています。  子育て期の“横展開”――直線ではなく、英語に触れ続ける導線づくり  ――長いキャリアの中で子育ても。どのように継続されたのでしょう。 正直、我慢の時期もありました。周囲の先生が次々と本を出したり「出世」をしたりするのを横目に、私は母親業を優先。その分、定年後に活動の幅を広げています。 子育て期(幼稚園年中から高校卒業までの14年間)は、いわゆる“進学校”とは別の、多様な進路を歩む生徒が多い学校で教えました。そこで意識したのが、毎日英語に触れる導線を持ち続けること。授業に加え、国際交流担当に手を挙げ、オーストラリア研修旅行の引率など、英語が“仕事の中心”になる機会を自らつくりました。  キャリア一直線で管理職を目指す人たちが手を挙げにくい業務ほど、私は進んで引き受けました。脇道のようで、実は自分の軸を太くする道だったからです。  あえて“敬遠されがちな仕事”を選ぶ理由  ――なぜ、人がやりたがらない仕事を積極的に? 英語ディベート部の顧問や国際交流は、時間も手間もかかるし、成果も不確実です。でも、企画段階から関われる「おいしい仕事」でもあるんです。海外の先生(オーストラリア、イギリスなど)とメールをやり取りし、ホームステイの受け入れも毎年のようにやりました。  家族の助けも借りながら、我が家に外国人が泊まる環境を整えました。これは息子にとっても大きな財産になりました。 また、学校では日本人の先生たちが遠慮するネイティブの先生の隣の席を、私は「無料の英会話教室」だと思って確保。雑談から頼まれ事や相談が舞い込み、さらに英語の実践機会が増える。自分の強みを日常の中で回し続ける工夫です。  「国際交流に、子どもを巻き込む」  ――ご家庭にも国際交流を取り入れていたとか。 着任したばかりのオーストラリアやアメリカ、カナダ出身の先生と市役所での各種手続きを一緒にこなすなど、生活面のサポートもしました。小学生の息子は会話の中身をどこまで理解していたか分かりませんが、英語の音や多様な文化を“空気ごと”浴びる経験になったはず。また、息子は、「世界には、いろいろな人がいる」ということを実体験を通じて学ぶことができました。 種が花開いて誕生した『おうち英語』  ――書籍『おうち英語』はどのように生まれたのですか。 ある出版社(学研)の編集者さんに経歴を話すと、「母親としての視点 × 英語キャリアを掛け算しましょう」と背中を押していただき、企画が動き出しました。 執筆が実現した背景には、英語教員としての実績(当時まだ珍しかった海外進学のサポートなど)と、子育て経験。さらに、コロナ禍に参加したオンラインの出版塾でのご縁も大きかったです。そんなこんなで「いつどこで役立つか分からない“種まき”が、60代に入って次々と芽を出した」という感じです。スティーブ・ジョブズのいう connecting the dots を、私は「種まきが生きてきた」と表現しています。  キャリアアップの下準備――夜間大学院で“言語化”の力を磨く  ――高校教員から大学へ。どのように道を拓いたのでしょう。 こまめに英語資格を更新しつつ、夜間の大学院(立教大学・異文化コミュニケーション)で2年間学びました。指導主幹は鳥飼久美子先生。本業と子育ての合間に通い、ギリギリで単位を取った科目もありますが(笑)、理論の言語化を身につけられたのは大きかった。思春期の息子とお互い「英語力でマウント合戦」をした時期もありましたが、親が夢中で学ぶ背中を見せられたのは良かったと思います。  出版の扉を開く――名刺に“見出し”を、翌日に“130の提案”を  ――出版のチャンスは、どうつかんだのですか。 出版記念パーティーに顔を出し、名刺の裏に“見出しになりそうな言葉”(「公立高校から海外へ」「ケンブリッジ英検…」など)を書いてお渡ししました。翌日には編集者から宿題メール。 「このテーマで10項目」と言われたら、翌日に13。100なら130返す。結果、その130のTips(コツ)のうち64のTipsが本になりました。担当の古川有衣子編集長の“伸びる芽を伸ばす目”に救われました。  “レッドオーシャン”を泳ぎ切る覚悟――弱者の戦略  ――SNSでの発信は苦労も多かったのでは。 フォロワー5万人の著者が並ぶ中、私は数千人規模。不安はありましたが、飛び込んだ以上は泳ぎ切ると覚悟を決め、既存のリアルなつながりに丁寧にDMを送りました。300通送れば約1/3が反応。SNSは1/10〜1/100の反応でも、リアル発のネットワークなら道は開けると実感しました。 また、競合と思える著者にも自分から握手。同時期・類似テーマの方にDMを送り、共同スペースやコラボライブを実施。準備は7割こちらが担う、当日は相手7:自分3で話す――教員の経験を活かした即興トークで相手を引きたてました。半年後には、大物著者側からお声がけいただけるように。我が家ではライブ配信の時間を“放送”と呼び、家族の協力も得ながら継続しています。  AI時代の英語学習へ――「人間の予測不能性」を手放さない  ――AIが発達する時代、英語学習者へのアドバイスは? 一言でいえば、「AIにない“人間の予測不能性”を大切に」です。「塞翁が馬」というように、よいことが悪いことに、悪いことがよいことに転じることは常に起こり得る。失敗して、踏みとどまって、やり直す――そのプロセス自体が学び。諦めない粘りこそが、英語とキャリアをつないでくれます。  ネクストゴール――“静かな時間”に、次の芽を仕込む  ――これからの目標は? 昨年は思わぬ怪我で失速もありましたが、その“静けさ”の中で新しいコミュニティとの出会いがあり、出版コンペへの挑戦、次の企画も動き出しました。今後の取り組みとしては学童保育の時間に日本語と英語の両方の言語力を高める活動(言葉遊びなど)のお手伝いができたらと考えています。また、地域の中でボランティア的に日本を訪れる海外の方が、日本のことを良く知り、地域に溶け込みやすくするようなお手伝いができればと考えています。  園さんの“種まき”の流儀のまとめ  脇道歓迎:管理職一直線より、英語に触れ続ける導線を選ぶ。  敬遠歓迎:誰もやりたがらない仕事ほど企画から関わる。  家族巻き込み:ホームステイ受け入れで家を“国際交流拠点”に。  名刺=企画書:裏面に“見出し”を書く。翌日は提案を倍返し。  弱者の戦略:相手7:自分3でコラボを回す。準備はこちら7割。  言語化の筋トレ:大学院で理論と言葉を仕込む。  インタビューを終えて 園さんの言葉は、直線の「キャリア論」よりも、“横に広げる”導線づくりの重要性を教えてくれます。今日まいた種が、いつ芽を出すかは分からない。だからこそ、日々の仕事・生活・家族を“英語”でつなぐ工夫を欠かさない。 その姿勢こそが、AI時代の学びと働き方のヒントなのかもしれません。  英語に関する発信をいろいろされている園さんのSNSをフォローしてあなたも種まきの準備をしてみませんか?  Xアカウントhttps://x.com/sono_english   noteアカウント その(小河園子)@英語教師|note  気が付くと子どもの英語力がぐんぐん伸びている おうち英語紹介Webページ 『気がつくと子どもの英語力がぐんぐん伸びている おうち英語』 | 学研出版サイト 

「参考書を閉じてネイティブ英語に学べ」米国駐在通算8年Eddieさん

Hi there! Welcome to my blog. こんにちは、Sachiko です。英語は、あなたのキャリアにどんな影響を与えていますか?国際ビジネスの現場では、言葉の選び方や発音ひとつで、相手に与える印象や信頼感が大きく変わります。英語力で転職の選択肢を広げ、給与レベルをワンランクアップさせることも可能です。では、どうすれば「キャリアの武器になる英語」を身につけられるのでしょうか?このブログでは、英語を軸にキャリアを紡いできたSachiko が、英語の達人のみなさんに「キャリアの武器になる英語」の身に着け方を伺います。 ****************今回ご紹介させていただくのは、アメリカに2度目かつ通算8年間以上の駐在を通じて自ら身に着けた現地のリアルな英語をX(旧Twitter)で発信するEddieさん。フォロワー数は17000人以上、年間500回以上のネイティブとの会議をこなす英語の達人Eddieさんが、キャリアアップに効く英語力の習得について語ってくださいました。 ネイティブ英語の洗礼を受けて 駐在直後、電話会議で飛んできた「What’s that?」。頭が真っ白になったというEddieさん。TOEICでインプットすれば話せる、そう信じていたのに、言葉が全く出てこない。スピードが違う、表現が違う、何もかもが違う。「これはヤバい」——そう感じて、日本から持ってきたTOEIC参考書を全部捨ててしまったそうです。 学校英語とは何が違うのか 文法は学校で学んできたので大丈夫。でも発音が違う。どもったり、崩れたり、教科書みたいな「きれいな発音」なんて誰もしていません。Eddieさんが意識しているのは、聞き取りにくい英語も含めて理解できるよう、リアルな状況を想定したリスニングです。そして最も大きな違いは表現力。学校で学ぶ英語は基礎の基礎に過ぎず、日常会話にはカジュアルな表現や比喩的な言い回しがあふれています。単語一つひとつの意味は分かるのに、文章全体の意味が分からない。“Let’s play it by ear.”——単語だけ見ても意味が分かりません。スピードの違いも大きく、アメリカから帰国後に日本の教材で使用されている英語を聞くと、ものすごく遅く感じるようになったといいます。 知らないと会話が成立しない表現たち 駐在中、「これを知らないと会話についていけない」表現に数多く出会ったというEddieさん。“move the needle”(目に見えた進捗がある) “segue”(話題をスムーズにつなぐ) “down the road”(ゆくゆくは) “across the board”(一律)、——ビジネスの現場で本当によく使われます。逆に “had better”や “you should”は実はとても強めの表現で使い方に注意が必要です。日本語の感覚とずれている単語も要注意です。 “propose”は「軽く提案する」ではなく「最終案を提示する」という重い意味合い。 “insist”も強すぎるため、 “I would argue that”のほうが自然で柔らかい。こうした「言い方の選び方」が、会話として成立するかどうかを大きく左右するのです。 ネイティブ表現、こうして身につけた Eddieさんの習慣は、ミーティング中に気になった表現を必ずメモすること。特に何度も出てくる表現だけを徹底的にメモし、実際の会話で使ってみて、Xへの投稿(下記画像が一例)で整理し、仕事の英会話でアウトプットする——この流れが完全に習慣になっているといいます。実際に使ってうまく通じたり、相手の言葉として引用されたりすると、「この使い方で合ってるな」と手応えが得られるのです。 ビジネスでの効果はこう表れる 特定の表現が劇的な効果を生んだケースは少ないものの、ネイティブ英語の言い回しや考え方を理解することで、コミュニケーションがスムーズになったといいます。会議や交渉の場では、まず相手の意見を “You are saying ○○, right?”や “I understand your point, but”といった形で受け止めてから、反論や問題点を提示する順序が重要です。通訳や説明の場面でもネイティブの言い回しは大きく効果を発揮します。「説明します」を “We… Continue reading 「参考書を閉じてネイティブ英語に学べ」米国駐在通算8年Eddieさん

「発音はキャリアの武器になる」英語発音コーチ・みほさん

英語発音コーチが語るビジネスで勝つための英語力 Hi there! Welcome to my blog. こんにちは、Sachiko です。英語はあなたのキャリアにどんな影響を与えていますか?グローバル化が進む今、英語は単なるコミュニケーションツールでしょうか。それとも、キャリアを切り拓くための強力な武器でしょうか?ビジネスの現場では、言葉の選び方や発音ひとつで、相手に与える印象や信頼感が大きく変わります。転職の選択肢を広げ、給与レベルをワンランクアップさせることも可能です。さらに、英語は投入した時間に比例して上達しやすく、今は無料の教材も豊富。コストパフォーマンスの高い自己投資と言えるでしょう。では、どうすれば「キャリアの武器になる英語」を身につけられるのでしょうか?英語を軸にキャリアを紡いできたSachiko が、英語の達人にその秘訣を伺います。 英語発音コーチ・みほさん 延べ1000人以上を指導した経験を持つ英語発音コーチ赤狩山美秀さん(以下みほさん)は、「発音はキャリアの武器になる」といいます。ビジネスで勝つための英語力とはどのようなものか、また正しい発音を身に着けるにはどのようにしたらよいのか、そもそも発音コーチとは?等いろいろ聞いてみました。 発音は“音の世界”を知ることから始まる 「試験の点数より“話せる力”が重要」英語学習者の多くが、発音を独学で学ぶのは難しいと感じています。TOEIC で900 点を超えたり、英検1 級を取った方でも、実際に「話す」ことを教わる機会はほとんどありません。「発音に自信がないから話すのが苦手」という悩みを抱える人たちに、正しい発音を身につけるサポートをするのが、みほさんのお仕事です。 資格よりも“言語化できる力” 「発音コーチに必要なのは資格より経験」発音コーチになるために特別な資格はありませんが、みほさんは、「英語発音指導士」の資格を持っています。帰国子女として培ったネイティブ発音を、独学で言語化し、指導に活かしています。 なぜ日本人は発音でつまずくのか? 「母音は5 つじゃない、20 以上ある」日本語の母音は5 つですが、英語には母音だけで20 種類以上あります。「例えば“A”の音だけでも5〜6 種類あって、使い分けが必要です。しかし日本人は全部『あ』として認識してしまうので、聞き分けができないし発音もできないのです。」この“音の壁”を越えるためには、まず「違いを知る」ことが重要です。その上で英語独特の音をキャッチするための「お皿」を作ることができるのです。 発音練習は“葉っぱから森を見る” 「音素から始める、自走できる学び」みほさんの指導法は、音素ごとに分解して練習することから始まります。「単語を見ると脳がカタカナに変換してしまいます。でも実際の英語の音とはギャップがある。それを知らないと直せない。」12 週間で完結する基礎講座を通じて、苦手な音を自分で直せる“自走のサイクル”を作ります。 発音が変わると“心理的ハードル”が下がる 「聞こえることが先、話せることはその次」発音が改善すると、まず音が聞こえるようになります。正しい音を認識できるので、リスニングも向上するのです。「私はよくカラオケに例えるのですが、曲を口ずさめても、いざカラオケで歌えないことってありますよね?でも口に出せるようになると、認識はクリアしている証拠。結局、聞こえることが先なのです。」 発音は信頼を生む――ビジネスで有利になる理由 「TOEIC よりも、あなたの声が評価される」「英語の試験でどんなに良い点を取っても、仕事では結局“話せるかどうか”が重要です。」発音が良いだけで、信頼度が勝手に上がる――これはみほさん自身の経験からくる言葉です。前職では業界知識も英語力もそこまで高くなかったにもかかわらず、ネイティブに近い発音だったことで、海外との窓口を任されるチャンスが舞い込みました。 キャリアを広げる英語:発音がくれたチャンス 「英語はあなたの市場価値を上げる」外資系企業の採用や本社幹部とのミーティングで、英語が話せることがアドバンテージになったこともあるそうです。「契約書は無理でも、世間話や文化の説明ができる人は意外に少ないです。これも英語がくれたチャンスですね。」 将来の夢は“ビリヤード×英語”のグローバルサロン 「好きなこととキャリアを掛け合わせる」みほさんの将来の夢は、ビリヤードと英語を融合させたグローバルなサロンを作ること。実は、彼女もご主人もプロのビリヤード選手というユニークな経歴を持っています。「ビリヤード場だけでは経営が難しいので、英語を掛け合わせて黒字化したいんです。夢を実現するためには、発音コーチとしての仕事のギアをもう一段上げる必要がありますね。」 英語でキャリアアップしたい人へのアドバイス 「英語は筋トレ。毎日少しずつ」「英語は筋トレと同じです。正しい音を入れることが大事で、毎日少しでも発音練習をしてください。ビジネスで使うなら、自分が英語で話す場面を想定してスクリプトを準備するのが一番効率的です。メールやチャットで使っている表現を声に出して練習するのもおすすめです。」 まとめ:英語発音はキャリアの“見えない資産” 試験のスコアだけでは不十分。ビジネスの現場で評価されるのは「通じる英語」、そしてその鍵を握るのが発音です。発音が良いだけで信頼度が上がり、チャンスが広がる これはみほさんの実体験が証明しています。あなたの話す英語が、次のキャリアの扉を開く鍵になるかもしれません。 この記事を読んで「英語発音トレーニングが気になってきた!」というあなた、是非みほさんのSNS をフォローしてみてくださいね。 X アカウントhttps://x.com/mihohatsuon?s=21 Instagramアカウント https://www.instagram.com/akamiho_english?igsh=MWNrc21zb2E3aWhkbw%3D%3D&utm_source=qr 公式LINE https://lin.ee/3qtBLA8

「行くって決めたなら最大限楽しむ」

横浜出身、現在は愛知県在住の天野優歌さん。2児の母でありながら、自分らしく海外生活を楽しんだ彼女の言葉には、しなやかな強さと柔軟さがにじんでいます。 海外への興味は、中学生の頃から自然と育まれてきました。横浜市の国際平和スピーチコンテストで入賞し、ニューヨークの国連本部を訪問した経験は、若き日の彼女にとって大きな原体験に。さらに高校ではマレーシアへの1年間の留学も経験し、「いつかまた海外で暮らしたい」という想いをずっと胸に抱いてきたといいます。 「夫の中国駐在が決まったときも迷いはありませんでした。 “せっかくのチャンスなら、行かない理由がない”。自分の海外経験もあったし、子どもたちにもその経験を一緒にさせたいと思って。」 とはいえ、当時はコロナ禍。先に中国へ渡航した旦那さんと1年後に現地で合流し家族での中国生活が始まったものの、感染対策が厳格な中国での生活には不安もあったと言います。 「でも、自分で“行く”と決めたからには、最大限楽しもうと決めてました。」 そう話す天野さんの声は明るく、迷いがない。現地での生活をふり返ると、「できないこと」より「できること」に目を向けた日々だったといいます。 「日本にいたらこうだったな」じゃなくて 「日本にいたらこうだったな、じゃなくて。そこに行ったからできることっていっぱいあると思う。時間があるっていうのもアドバンテージだった」 その“時間を味方につける”発想が、天野さんの海外生活を豊かにした。朝の市場を歩いてみたり、地元の方でにぎわう体育中心と呼ばれる広場でおばあちゃんたちとストレッチしたり。青空の下で体を動かす“青空ジム”は、やがて彼女の大切な居場所になっていきました。 「中国語も勉強したし、生活が楽しくなって。たまにさぼってると“来なくなったね”って言われたり。日本に帰国するときはお守りをくれた。日々のこういうふれあいって、日本にいたらなかなかできないことだと思う。怖い情報もあるけど、実際に動いてみて、ふれあってわかることがある。動き方次第、考え方次第で海外生活って変わるなって思った。」 話しながら、当時の風景を思い出しているように少し声が弾む。現地の方との交流を心から楽しんでいた様子が伝わってくる。 “我是外国人”から始まった関係 「最初は言葉もできなかったから、“我是外国人(私は外国人)”って言ってた(笑)。でも毎日、週に何回も行くから、顔を覚えてもらって、“おはよー”“あっち空いてるよ”って声をかけてもらえるようになった。」 少し照れくさそうに笑いながら、当時を振り返る天野さん。 少しずつ打ち解けていく中で、地元のおじいちゃんおばあちゃんたちが自分の過去や家族の話をしてくれるようになった。 「昔は田舎から出稼ぎで来て大変だったけど、今はのんびりして孫と飲茶するのが幸せだよとか。戦争の話をしてくれた人もいて、“日本の政府は好きじゃないけど、日本人だからって嫌いじゃないよ”って言ってくれたの。そういう言葉にすごく救われた。」 国を超えて、心が通い合った瞬間の記憶だった。 でも、最初からそんな風になじめたわけではない。 「最初はね、いろんな人がいるから、必ずしもみんながWelcomeじゃないの。中国語わからないと無視されることもあるし、最初は“もう無理”って思って帰りたくなる時もあった。でも、“外出たくない”って引きこもらずに、続けてみることが大事だなって思った。」 “みんなと仲良くしなくていい”という学び 経験からにじむ言葉には、優しさと強さがある。人間関係の築き方も、中国で気づいたことだという。 「駐在妻って、マンションが一緒、学校が一緒、バスが一緒という理由だけで集まらなくちゃいけない時もある。でも、 みんなとみんな友達にならなくていいって思えたのはすごく大きかった。」 “無理に仲良くしようとしなくていい”。その気づきが、どんな土地でも自分らしく過ごす力になっていく。 「  “子供の学校が一緒だから”じゃなくて、自分の“好き”の接点があるとすごく心地よい。”語学が好きだから”とか”辛い物が好きだから”とか、好きの気持ちが一緒の人といるってすごく大事だなと思った。」 “好き”というキーワードを口にするとき、声が少し高くなる。心から楽しんでいた時間を思い出しているのだろう。 “自分で作る環境”と“与えられた環境”は違う。だからこそ、自分の核になる“好き”を持つことが、心のバランスを支えてくれたと天野さんは語る。 「挑戦してみて、いやだったらやめればいい」 「幼稚園では親として何も参加しなくても卒園できた。でも、せっかくだからと思ってボランティアをしてみた。」当時を振り返って天野さんは語る。 「 先生とのコミュニケーションもとれたし、卒園してからも仲良く遊ぶ友達ができた。挑戦してみるって勇気がいるけど、やってみて、いやだったらやめてもいい。得られるものが多かったと思う。」 その潔さと軽やかさが、彼女らしい。 「仕事で行ってるわけじゃない。だから失うものもない。それってすごい強みだと思う。自由だよね。」 “自由”という言葉を言い切る声は、どこかすがすがしい。 「自分の機嫌は自分でとる」 あまりにも前向きに楽しかった日々を語る彼女に、大変なことはなかったのか聞いてみた。 「心がおれる時もあったよ。でも、旦那さんの仕事のために来てるわけだから、自分の機嫌は自分でとらなきゃいけない。ジムに行き始めたのも、自分のリフレッシュの時間だった。24時間空いてるジムがあって、どれだけお世話になったか。」 話しているうちに、自然と笑い声がこぼれる。苦しい時期を越えた今だからこそ、穏やかに話せるのだろう。 「家族の空気がちょっとイヤな感じになったら、“散歩行ってくる”って言って外に出たり。そういうストレス改善方法を見つけておくのってすごい強いと思う。リフレッシュって特別なことじゃなくていい。行きやすいお店見つけて、大好きなワンタンメン食べるとか、それで十分。」 自分が何で元気になれるかを知っておくことが大事だと彼女は語る。 「豪華なご飯や飲み物も経験したけど、自分はそれはリフレッシュにはならなかった。人によっても違うと思うから、自分は何をしたら元気になるのか、色々やってみて知ることも大事」 その言葉には、現地で生きていく中で身に着けた彼女の強さが見えてくる。 「青空ジム」からつながった仕事 中国から日本に帰国して10か月。最近ジムで仕事を始めたという天野さん。 「日本に帰国してからもずっとジムに通っていた。子どもが学校に慣れるまでの1年はパートにしたいと思っていたけど、子供が思っていたよりもすぐに生活に慣れたから、 毎日ジム行く時間もあるし、他にすることないから“働こうかな”って。ホリエモンの本に、“流れに身を任せて、面白いと思ったらやってみればいい”って書いてあって、 じゃあやってみようって(笑)。」 海外で見つけた“青空ジム”から、今では職場としてのジムへ。新しい環境でも、軸は変わらない。 「中国のおばちゃんたちとの運動から始まって、今は室内のジムにいるけど、実はあの時につながっているって感じる。中国では、ちょっとしたあいさつではじまって、迎え入れてくれる人がいて。話しかけてくれた人たちがいたから心地よかった。今は、自分が迎える側になって、“気持ちよく来てもらえるように”って意識してる。恩送りだなって思う。」 “恩送り”という言葉を口にしたとき、声がふっとやわらいだ。そこには、過去と今が静かに結びついている。 行くと決めたなら、最大限楽しむ 「怖い情報も不安もあるけど、実際に動いてみたら見える景色って変わる。行くって決めたなら、楽しむだけ。できないことに目を向けるんじゃなくて、“ここでしかできないこと”を見つけた方がいい。」 天野さんの言葉には、海外生活を越えて“どんな環境でも自分らしく生きるヒント”が詰まっていました。… Continue reading 「行くって決めたなら最大限楽しむ」

駐在同行生活って何してる? 2年半で築いた語学交流会

2022年の夏、夫の駐在に同行することを決めて中国・広州へ渡りました。会社を退職し、私のビザでは現地で働けなかったため、仕事はしていませんでした。 「じゃあ毎日なにをしていたの?」とよく聞かれます。駐在に帯同していた間にはいくつかの活動をしていましたが、その中でも印象に残っているのが 語学交流会 です。 小さく始めた「広州語学交流会」 2023年の頭、中国語の勉強をはじめて数か月たち、語学力を伸ばすために会話練習をしたいと思った頃。 語学交流会、語学ミートアップなどを探してみましたが、コロナの影響でオフラインのイベントはゼロ。 思い切って「広州語学交流会」という活動を自分で始めてみました。週に一度、カフェに集まり、語学を練習するだけのシンプルな会。 続くかどうかもわからない、でもまずはやってみようと思って始めたのを覚えています。 参加者は少しずつ増えていった 最初は友人10人ほどに声をかけ、集まったのは毎回3〜5人。カタコトの中国語と、ほとんど日本語で、それでも「練習したい」という気持ちを持った人が集まることが嬉しくて、毎週続けていました。 そこから少しずつ広がり、半年後には登録者が170人に。日本人の参加者が当初は多かったのですが、駐在に同行してきている方は、いつか帰国のタイミングがやってくる。 定期的にメンバーが帰国してしまう状況では持続性がないかもしれないと気づきました。 この活動をより長く続けたいと思い、現地SNSに活動を紹介してみると、一気に問い合わせが殺到。1か月で100人以上増え、対応しきれず募集を一度止めるほどの大盛況! その後も口コミやSNSでのご案内で参加してくださる方が増え続け、最終的に、私が帰国する頃には700人を超えるグループにまでなりました。 毎週の楽しみになった時間 毎週金曜日の午前中、広州のカフェに集まっては、日本語や中国語や英語が入り混じる会話を楽しみました。時には、広東語、フランス語、スペイン語など様々な言語が飛び交うことも。 旅行や出張で広州に来た方が「前から参加してみたかった!」と立ち寄ってくださることもあり、本当に嬉しかったです。 駐在同行生活を振り返って 振り返ってみると、中国での2年半の中で、この語学交流会は大切な居場所でした。ゼロから始めた小さな集まりが、国籍も言語も違う方たちをつなげる大きなコミュニティになったこと。それは、同行期間の思い出の中でもとても心に残る経験の一つです。 その後のこと そして、その交流会は今も続いていて、登録者は1000人を超えました。当時の私には想像できなかった広がりです。 「駐妻って何をしているの?」と問われたら、私はこう言います。「現地でしかできない経験を、思いっきり楽しんでいました!」と。

「全部できなくて当たり前」そこから始めよう — 主婦経験を力に変える第一歩

いつもお読みくださいまして、ありがとうございます。キャリアコンサルタントの三橋久美子です。前回のブログでご紹介した「主婦業のリアルディスクリプション」。そこには、日々の主婦業が細かく整理された業務内容や、それに伴うスキル・経験が並んでいます。 でも、そのページを開いた瞬間、こう感じた方もいるかもしれません。 「これ、全部できていない…」「私なんてまだまだだ…」 実はそれは、あなただけではありません。「できていない自分を責めるためのもの」ではなく、「自分の経験や強みを見つけるための道しるべ」なのです。 “できていない”はマイナスではなく伸びしろ ジョブディスクリプションにある項目は、家庭運営に関わるあらゆる業務を網羅的に並べたものです。全部やっている人は、ごくわずか。もし全部やっていたら、それはもう“プロ中のプロ”です。 だからこそ、この表はチェックリストではなく参考地図として見てください。「ここは通ったことがある」「ここはまだ未経験」という地図上の位置を知るだけでOKです。 「できていない」と感じるところは、裏を返せばこれから経験や学びで身につけられる部分です。たとえば… 栄養管理が苦手 → 要件分析力を磨くチャンス 家計管理が苦手 → 数字管理力やコスト意識を伸ばす余地あり PTA活動をしていない → 関係構築力や交渉力を新たに培える可能性 職務経歴書や自己PRでも、「これまでできたこと」だけでなく「これから伸ばしたいこと」を伝えることは、むしろ前向きな印象を与えます。 自己効力感が“やってみよう”を支える キャリア形成の土台になるのが自己効力感です。これは「自分はこの行動をうまくやり遂げられる」という感覚のこと。心理学者バンデューラによれば、自己効力感を高める方法は大きく4つあります。 過去の成功体験を思い出す 似た立場の人の成功を見る 周囲からの励ましやサポートを受ける 小さな成功を積み重ねる 今回のディスクリプション活用は、この1番と4番を同時に行える方法です。できたことを確認し(過去の成功)、今からできそうなことを一つ選び(小さな成功)、行動につなげていきましょう。 まずは“できていること”を拾い上げる スタート地点は、できていない部分の穴埋めではなく、できている部分の発掘です。 当たり前にやっている家事 家族や周囲から「助かっている」と言われたこと 自分なりに工夫していること これらをまずは書き出し、「すでに持っている力」として認識します。そのうえで、「やってみたいこと」「学びたいこと」を加えていくと、自分の成長の道筋が自然と見えてきます。 まとめ ジョブディスクリプションは、あなたの不足を責めるチェックリストではなく、経験や強みを見つけるための道しるべです。全部できていなくて当然。できていることを拾い、やってみたいことを加えることで、自己効力感は着実に高まります。未来に向けて、「やってみたいこと」「学びたいこと」を見つけ、新しいあなたに出会うための地図にしてくださいね。 ※キャリアブレイク前後のご相談(離職・転職など)・人間関係など、幅広くご相談を承っております。詳しくはこちらのHPをご参照ください。納得の未来を支えるキャリアコンサルタント・三橋久美子のHP ※キャリアブレイクからの復職や転職をお考えの方は、是非「キャリア・リスタート準備度チェック 〜 私らしく働くための第一歩 〜」を実施してください。ご自分がどのくらい準備が整っているか、知ることができますよ! ※日々の家事や家族サポートを「見えるかたち」にまとめました。「家庭運営マネージャーの職務要約~主婦業のリアルディスクリプション~」・再就職に向けて、これまでの経験を整理したい方・ 面接や履歴書で「主婦業をどう伝えればいいか」悩んでいる方・ 自己理解やキャリアの棚卸しをしたい方そんなあなたに、おすすめの1枚です。